ウェイトレスに軍大佐、次の「脱北」は裕福なハッカーか
では、北朝鮮のサイバー戦士たちは、どこを拠点にしているのだろうか。彼らは大学卒業後、諜報機関「偵察総局」傘下の電子偵察局に配属され、中国、マレーシア、インドネシアなど海外のIT企業に派遣される。そして、普段はIT技術者として働きながら、ひとたび偵察総局から指示が下れば、韓国などの対立国家にサイバー戦を仕掛ける。
驚くべきは、彼らのなかには、月に5000ドルを稼ぐ高給取りもいるという。そのうち2000ドルを国に上納し、残りの3000ドルが取り分だ。北朝鮮の国営企業で働く一般労働者の平均月給は1ドルだ。つまり、1ヶ月で平均月給の250年分を稼ぐ計算になる。これを資金として、平壌のマンション建設に10万ドルを投資するサイバー戦士もいるという。
もちろん、彼らも本国へ上納するだけでなく、稼いだ一部はこっそり貯め込んでいるはず。さらに、海外にいることから、国際情勢や北朝鮮の置かれている状況なども把握している。つまり、北朝鮮のハッカーたちは、今回の亡命事件のように、いつ北朝鮮を離れてもおかしくない脱北予備軍ともいえる。冒頭に述べた韓国に亡命した軍幹部の亡命ルートは不明だが、彼の所属していた偵察総局は、まさにハッカーたちを統括すると見られている組織なのだ。
かつては、脱北者イコール「貧しさに耐えきれず北朝鮮を離れた」というイメージがあった。しかし、今回、韓国入りした北朝鮮レストランのウェイトレスたち、そして偵察総局に所属していた軍幹部は、決して貧しいわけではない。彼らのように貧困層ではない、北朝鮮住民の脱北は今後も増えるだろう。経済的に余裕が生まれ、海外情報に接していれば、金正恩体制に不満を抱くことは避けられないからだ。
[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ――中朝国境滞在記』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)がある。