最新記事

東日本大震災

<震災から5年・被災者は今(2)> 原発作業で浴びた放射線への不安

2016年3月3日(木)10時50分
山田敏弘(ジャーナリスト)

hisai02-03.jpg

海岸越しに事故から1カ月後の福島第一原発の姿が見える(2011年4月21日、撮影:郡山総一郎)

 この4年ほど、中川は電気関連の企業でエンジニアの仕事をしている。もう原発関連の仕事には携わりたくないのだという。

 2012年12月の取材で中川は、「いま健康診断で再検査の対象になって、精密検査することになっている」と、筆者に話していた。2011年の事故後から毎年健康診断を欠かさないようにしたが、検査で初めて異常が見つかったのだ。

 再検査の結果、医師からは、甲状腺に「嚢胞(液体の溜まった袋状のもの)がある」と告げられた。だが深刻ではなく、経過観察でいいと診断されて中川は安堵した。もちろん、彼が無防備に浴びた放射線と、この嚢胞との因果関係は分からない。

 しかしその後の検査では、ただ嚢胞があるだけでなく、「複数の嚢胞がある」と診断された。そして2013年からは嚢胞が「多発している」と医師から告げられている。中川は、急速にその数が増えていることに不安を感じているが、嚢胞はまだ小さいので経過観察でいいと診断されているという。

 一般人よりも多くの放射線を浴びていることは間違いない。ただそれが自分の健康にどのように影響しているのかさえ分からない。何も影響はないのかもしれない。自身の健康状態に気を揉みながら、中川は震災から5年を迎えようとしていた。

 彼は現在、避難解除地域にある実家を捨て、家族と一緒に中通りに居を移した。賠償金で自宅の新築をまかなうことができ、やっと肩の荷が下りたという。「避難解除準備区域にある実家に、除染もしたし線量も低くなっているから帰れますと今言われても、もう戻ることはできない。スーパーはないし病院もない。私のように子供のいる家庭は学校もないから戻れない」と中川は言う。

 そして最後にこう言って相好を崩した。「子供たちも今の学校に慣れている。それが一番の心配事だった。やっと生活が落ち着いてきたと実感しているから、ひと段落といったところですね。健康についても、あまり考えなくていいようにしたいけどね」

<震災から5年・被災者は今(1)> 義母と補償金を親族に奪われて

[リポート]
山田敏弘
ジャーナリスト。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などで勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフルブライト研究員として国際情勢の研究・取材活動に従事。訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)。

[写真]
郡山総一郎
1971年生まれ。写真家。2001年から写真家として活動し、「FRIDAY」「週刊文春」「AERA」「Le Monde」「Esquire」など国内外の媒体で写真を発表している。写真集に「FUKUSHIMA×フクシマ×福島」など。第7回上野彦馬賞グランプリ受賞。
ウェブサイトインスタグラム

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中