最新記事

いざとなれば、中朝戦争も――創設したロケット軍に立ちはだかるTHAAD

2016年2月22日(月)17時10分
遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)

 しかし中国はそれを良いことに対日歴史に関する中韓共闘を進め、2015年末の日韓外相会談まで蜜月状態が進んでいた。

 習近平国家主席の朴槿恵大統領抱き込み戦略のもう一つの狙いは、この中韓による対日歴史共闘の陰で静かに進んでいた「THAADの配備をしないように韓国を牽制すること」にあったと、後に知った。

 昨年9月3日、朴槿恵大統領の北京における軍事パレード参加は、THAADに関する中国の抱き込み作戦の勝利を示唆するように見えたが、それが米国に激しい警戒感を抱かせたのだろう。安倍首相が急遽指令し、昨年末に日韓外相会談が開催されたことで、THAADの韓国配備は現実味を急激に増したということになる。

 2015年12月31日というギリギリの日に軍事大規模改革によりロケット軍を含めた新規軍種の創設大会を挙行した習近平主席の表情が、恐ろしいほどに暗く厳しかった背景には、THAADの韓国配備問題があったからだろうと思われる。

 THAADを韓国に配備すれば、中国の東北部や華北、華東一帯までが、THAADに付随している米国のレーダー探知がカバーする範囲に入ってしまうと、中国は激しく抗議し続けている。中国の戦略は米国に丸見えになることになる。

 万一にも中米間「有事」となれば、中国は真っ先に韓国のTHAAD基地を攻撃するだろうと中国政府系列下にある香港の鳳凰軍事は伝えている。

中国外交戦略の失敗か?

 2月17日付の本コラム<対北朝鮮制裁に賛同の用意あり――中国訪韓し、韓国のTHAADの配備を牽制>で書いたように、中国としては「国連安保理における北朝鮮制裁に賛同するから、韓国にTHAADを配備することだけはやめてくれ」といったニュアンスの交換条件を韓国に打診した形跡が見える。その中国の一種の「交換条件」を全面的に否定するような記事が、2月20日付の韓国の「中央日報」日本語版に出ている。タイトルは韓国政府「中国の対北朝鮮制裁と関係なくTHAADを継続して推進」。

 これは明らかに中国外交の負けだ。

 戦略的な中国にしては、珍しくすでに敗北していると言っても過言ではない。

 戦争という事態に突入することは米中ともに極力避けるべく努力するだろうが、しかし中国のジレンマは、いざとなったら中朝戦争をも厭わないほどまでに極限に達していると言っていいだろう。

 日本にとっても戦争だけは起こしてほしくないが、中国がジレンマに追い込まれるのは「一党支配体制が崩壊するのを恐れているから」にほかならない。北朝鮮の存在は、そのこと自体に揺さぶりを掛けつつある。中国大陸のネットにあった。「中国にとって最大の敵は北朝鮮なのではないか」と。

 もし北朝鮮が中国共産党の一党支配体制を崩す原因となるとすれば、なんという皮肉だろう。

 一党支配体制を崩壊させないために北朝鮮を防波堤として守ってきたというのに、その防波堤こそが中国を崩壊へと導く遠因になるとすれば、東アジアにおける最大の歴史の皮肉と言わざるを得ない。それはちょうど、『毛沢東 日本軍と共謀した男』に書いたように、日本軍の存在が中国共産党を成長させ、中国共産党政権誕生に貢献したという皮肉にも似ていると、筆者の目には映る。

[執筆者]
遠藤 誉

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)

Yahoo!ニュース 個人からの転載です。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中