インド「牛肉リンチ事件」に与党の影
その形はさまざまだ。牛肉禁止令、ヒンドゥー教徒を改宗させようとする少数派の陰謀の噂、不当な暴行の加害者の肩を持つ政治家、「ヒンドゥー教徒らしくない」行為をめぐってつかみ合いのけんかをする議員......。
ニガムが指摘するようにインドでは選挙運動中に宗教的憎悪をあおる行為をすれば出馬資格を失うが、選出されてしまえば表現の自由と見なされる。
インド人は宗教に関係なくヒンドゥー教徒のように暮らすべきだ──そんな考えが90年代以降拡大していると、デリーのジャワハルラル・ネール大学のタンウィール・ファザル准教授(社会学)は指摘する。ヒンドゥー至上主義は過去1年半の間に反主流から主流に転じている。
過激な原理主義が長期的にはインドの均質化を目指しているにせよ、短期的な狙いはただ1つ──有権者の票だ。「短期的には暴力は常に選挙絡みだ」とニガムは言う。「ヒンドゥー至上主義政党がヒンドゥー教徒を結束させ、イスラム教徒と分裂させたがっていることと関連している」
対立する住民同士の暴力に身の危険を感じたイスラム教徒は自分たちに味方する政党を支持する。一方、ヒンドゥー教徒は普段はカーストごとに分裂しがちだが、宗教対立が起きると多数派の権利を擁護する政党への支持が高まる。
ファザルによれば、こうした住民間の暴力が最近特に目立つのは、BJPが2位か僅差で3位につけている選挙区だ。14年の米エール大学の調査では、選挙前年に住民同士の暴力が起きるとBJPの得票率が上昇していた。
沈黙に秘められた思惑
02年のグジャラート州の暴動がいい例だ。同州では当時BJPの支持率は低迷していたが、13年後の今も政権を握っている。ファザルによれば「住民間の暴力に関するインドの社会科学の文献はすべて、それが散発的ではなく常に組織されたものであることを示唆している」。
インド各地でヒンドゥー系過激派組織がヒンドゥー教の価値観を守るべく目を光らせている。「BJP政権の誕生でこうした勢力は勢いづいている」と、ファザルは言う。「自分たちには追い風が吹いていて、社会を絶えず不安定な状態にしておける、というムードがある」
こうした状況では、どんなに漠然とした噂も暴力の口実になる。イスラム教徒がヒンドゥー教徒の女性にセクハラをした、コーランが汚された、ヒンドゥー教の像が盗まれた......。
暴力が収まってから噂が本当だったという証拠が見つかったことはない。インド内務省によれば、13年にはそうした制裁がウッタルプラデシュ州だけで250件近く発生した。