最新記事

宗教対立

インド「牛肉リンチ事件」に与党の影

「神聖な牛を食べた」イスラム教徒が暴行死、ヒンドゥー至上主義の台頭が少数派を追い詰める

2015年11月18日(水)15時22分
ニミシャ・ジャイスワル

人命より重い? BJP政権が誕生し牛肉規制が強化される前の牛の解体作業風景 Danish Siddiqui- REUTERS

 インドの首都ニューデリー近郊にあるダドリ地区がにわかに注目を浴びている。同地区のビシャダという村で、50代男性が集団暴行されて死亡した事件が世界的に報じられたせいだ。

 報道によれば、集団暴行の理由は被害者が牛肉を食べたこと。インドのヒンドゥー教徒にとって牛肉を食べることはタブーで、ダドリを含む北部ウッタルプラデシュ州では牛を殺して解体することが禁じられている。しかし住民の話では、本当の理由は牛肉を食べたからではなく、被害者がイスラム教徒だったからかもしれない。

 事件が起きたのは9月末。村のヒンドゥー教寺院で、イスラム教徒のムハンマド・アクラクが子牛を殺して解体し、その肉を家族で食べたという噂が流れた。怒ったヒンドゥー教徒がその夜、アクラクの自宅に大挙して押し掛け、アクラクと20代の息子を引きずり出して暴行。アクラクは死亡、息子は重傷を負った。しかし翌日、遺族の訴えで警察が調べた結果、実際は牛肉ではなく羊肉だったことが分かった。

 この事件は政治家を二分し、非難の嵐を巻き起こしている。デリーでは、若者たちが与党・インド人民党(BJP)本部前で「牛肉ピクニック」と称して牛肉を食べる抗議集会を計画。ツイッターでも牛肉を食べている写真が相次いでアップされた。南部ケララ州では大学生が「牛肉祭り」を開催。参加者は「牛肉を食べているぞ。殺しに来い」と書かれたプラカードを首から下げて牛肉を頬張った。

 ビシャダ村では事件についてさまざまな噂が飛んでいる。一部では「妬みによる犯行」との声もある。「殺されたイスラム教徒の息子は空軍に入ったのにヒンドゥー教徒の息子たちは入れなかった。牛肉がどうこうというのは口実にすぎない」

 その一方で、被害者の遺族が州から受け取った補償金のほうが、戦死したヒンドゥー教徒の兵士や遺族が受け取る補償金より多い、という不満も聞かれる。

 事件の真相が究明されないという状況は、かえって世俗国家インドに恐ろしい問いを突き付ける。ビシャダでの殺人は宗教への冒涜が原因なのか。それとも自分たちが少数派を支配するという多数派の意思表示なのか。

宗教対立を選挙戦に利用

 インドでは宗教対立は珍しくない。だが、昨年5月にナレンドラ・モディ首相率いる右派のBJP政権が誕生して以来、多数派であるヒンドゥー教徒の暴力行為とヘイトスピーチ(差別的表現)は激しさを増している。

 デリーの発展途上社会研究センターのアディティア・ニガム教授(社会・政治理論)によれば、BJPが目指しているのは「文化の均質化、少数派は二級市民であることを思い知らせるヒンドゥー至上主義だ。それが日常的に実践されている」。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中