中東和平交渉はコッソリやれ
中東和平交渉が久しぶりに再開されたが、公式会談では本音も言えない。隠れて歩み寄りたいイスラエルと、それを拒むパレスチナの真意は
パフォーマンス? ヒラリー・クリントン米国務長官(中央)はネタニヤフ(左)とアッバス(右)をまとめられるか(9月2日、ワシントン) Jim Young-Reuters
9月2日、バラク・オバマ米政権の仲介で、イスラエルとパレスチナが約1年8カ月ぶりに中東和平に向けた直接交渉を再開した。ここ数年うまくいっていなかった交渉だが、今回は米政府の威信と権威をかけたものになるだろう。
だが実際のところ、こうした大掛かりな公式会談が中東における和平合意に結び付いたためしはほとんどない。むしろこれまでは、双方の特使が人目に付かない場所で合意(または基本方針)について秘密裏に交渉を進めたことのほうが多かった。
例えば、79年にイスラエルとエジプトの間で結ばれた平和条約。イスラエルのモシェ・ダヤン外相とエジプトのハッサン・トゥハミ副首相がモロッコで極秘に会談したところから始まったが、エジプト側はこの会談で初めて、イスラエルが67年以来占領していたシナイ半島から撤退する用意があることを知った。
93年には、パレスチナの暫定自治を定めたオスロ合意が結ばれたが、これはノルウェーの首都オスロでイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)双方の学者たち(後に政府高官が加わる)が数カ月に渡り、極秘に話し合いを重ねた結果だった。
翌94年のイスラエル・ヨルダン平和条約でさえ、そのほとんどはイスラエルの情報機関モサドのエフライム・ハレビ副長官とヨルダンのフセイン国王(現在は故人)が秘密会談で書き上げたものだった。
「歴史に名を残せるなら」政治生命を賭ける覚悟も
交渉を極秘に進める利点とは何か。世論を刺激することなく(イスラエルとパレスチナの政治家は世論の批判にさらされやすい)、自らの政治的立場を危険にさらすことなく微妙な問題について話し合えることだ。
仮にイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸にあるイスラエル入植地のほとんどを明け渡す意志を固めたとしよう(ネタニヤフが本気でパレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長との和平合意にこぎつけたいなら、これは必須条件だ)。今回の和平交渉でそうした情報がリークされれば、ネタニヤフ率いる右派政権内の反発を招くことになる。
アッバスにとっても同じことだ。イスラエルとの交渉では遅かれ早かれ、パレスチナ難民の帰還権について譲歩せざるを得なくなるだろう。そうなればアッバスはパレスチナ過激派ハマスからも、自ら率いる穏健派ファタハからも猛反発を受けることは間違いない。
イスラエルの現政権でネタニヤフに近い立場で働いてきたある高官によれば、極秘会談の利点を認めるネタニヤフはここ1年の間、非公式ルートにパレスチナ側を引き入れようと何度か試みてきた。こちらから譲歩する姿勢を見せつつパレスチナ側が譲歩にどれだけ前向きかを探る、というのがネタニヤフの戦略だった。これを水面下で行えば、ネタニヤフは右派連立政権のパートナーを失う危険を冒さずにすむ。
この交渉で合意の可能性が見えたら、ネタニヤフは合意の概要を発表して住民投票にかけるか、議会を解散して総選挙を行うことさえ考えていた。この高官は本誌に対して、ネタニヤフは和平合意を結んだことで歴史に名を残せるなら、連立政権を犠牲にすることもいとわないようだったと語った。それでも、単にパレスチナを交渉のテーブルに着かせるためだけなら、自分の政治生命を賭けたりはしないだろう。