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中国政府

ウイグルと世界を欺く中国の悪知恵

2010年7月5日(月)12時10分
メアリー・へノック(ウルムチ)

 病院を訪れたジャーナリストたちは、殴られて頭に重傷を負った漢族と、銃弾を受けたウイグル族の患者を見せられた。だが国営通信の新華社が報じたのは、ウイグル系の暴徒に漢族が殴られるシーンが多かった。

亡命者代表を首謀者扱い

 人民病院の院長が新華社通信に語ったところでは、病院に運ばれてきた291人のうち233人が漢族で、ウイグル族などの少数民族は39人だけ。ウイグル族のほかに回族(別のイスラム教徒民族)がいたことを報じたのは、イスラム教徒間の対立を示すことでウイグル族分離主義者への同情論を抑える狙いもあるようだ。

 チベットで実証済みのもう1つの手法は、在外組織を悪者にすること。政府は今回の暴動をあおったとしてウイグル族の女性実業家ラビヤ・カーディルを非難している。アメリカ在住のカーディルは世界中の亡命者団体を束ねる世界ウイグル会議の代表である。

 カーディルは関与を否定しているが、新疆ウイグル自治区政府は「今回の暴動は外国からの扇動と指揮を受けて、国内の無法者たちが実行した」との見解を発表した。チベット動乱でダライ・ラマ14世が、「僧衣を着たジャッカル」と首謀者扱いされたのと同じ構図だ。

 中国国内のメディアは「非常に統一されている」と、蕭は指摘する。「どのメディアもカーディルのせいだと報じている。どこも同じ説明だ。独立系の報道は存在しない。報道内容は高度に管理されている」

 情報操作のもう1つの標的は、ほかならぬウイグル族だ。国営メディアは、中国共産党がウイグル族の不満に対処する必要性を認識しているとほのめかしてきた。

 そもそも今回の暴動のきっかけは、6月末に広東省で起きた事件だった。ある工場で漢族の女性がレイプされ、ウイグル族の従業員の仕業だという噂が立った。このため漢族の従業員がウイグル族従業員を襲撃し、ウイグル族2人が死亡した。それがウルムチでの抗議行動につながった。

ウイグルへの偏見を利用

 暴動発生後、国営のウイグル語テレビ放送は、広東省の事件を調査するため「精力的に努力」するというヌル・ベクリ新疆ウイグル自治区主席の声明を放送。7日には、広東省の事件に関連して13人が逮捕されたことも報じられた。

 だが国内向けの報道内容は視聴者ごとに区別されている。ウイグル族の不満に当局が理解を示す報道は地元のウイグル語放送に限定。一方で全国的には、野蛮なウイグル族が暴動を起こしたという話を流している。

 もともと中国ではウイグル族は乱暴者という偏見が強い。「ウイグル族は泥棒だとか麻薬取引に関わっているという固定観念がある」と、香港科技大学のバリー・ソートマン准教授は指摘する。

 もちろん中国共産党も不愉快な動向のすべてを管理することはできない。ダライ・ラマが長く世界に訴えてきたチベット問題と違って、ウイグルの問題はこれを機に世界の注目を集める恐れがある。

 既にアメリカでは、中国政府によるウイグル族の扱いに対する批判が影響力を強めている。例えばアメリカの裁判所は、テロ容疑者を収容したグアンタナモ米海軍基地から釈放されるウイグル人13人について、中国に送還されれば処刑される可能性があるという主張を受け入れた。米政府は別の受け入れ国を探している。

 新疆ウイグル自治区のウイグル族人口は、総人口の約半分の1000万人に上るが、当局は分離独立の動きを徹底的に封じてきた。今回の騒乱でも1400人以上を拘束し、国際人権団体から厳しい目を向けられている。

 中国政府は情報操作術を学んだかもしれないが、批判的な報道を認めるつもりはなさそうだ。

[2009年7月22日号掲載]

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