瀬戸際の将軍様と謎のプリンスたち
ワールドカップ出場も正雲の功績
ジョンウンが通っていたのはベルンに近いリーベフェルトという町の公立学校だったという情報も最近報じられたが、この説にもしっくりこない点がある。正雲とされる男の子が付き添いなしで自転車通学をしていたとは信じ難い。
ジョンウンも次男の正哲も、帰国後は平壌にある金日成軍事総合大学に進んだ。この大学では、スイスで自由な思想を身に付けていたとしてもことごとく消し去られて、北朝鮮の偏った政治哲学を頭にたたき込まれたに違いない。
少なくとも米韓の情報機関の間では、26歳のジョンウンが次期指導者への道を歩んでいるという点で意見が一致しているようだ。欧米のある情報機関関係者(機密情報であることを理由に匿名を希望)によると、金正日周辺はジョンウンを「英明な同志」と呼ぶよう指示されているという。ジョンウンが後継者に内定したという報道は「本当だと思う」と、長男の正男も最近テレビ朝日のインタビューで語っている。
ソウルの対北朝鮮民間ラジオ放送「開かれた北朝鮮放送」によると、北朝鮮の兵士たちはこの1カ月、正雲の「革命的な偉業」について教え込まれているという。ジョンウンは「金正日将軍の理念と指導力を完全に実現する若き将軍」だと称賛され、芸術や哲学の天才と呼ばれている。北朝鮮を2010年のサッカー・ワールドカップ出場に導いたのも、ジョンウンの功績ということになっている。
金正日は瀕死の状態ではないかもしれないが、「以前よりも怒りっぽく、せっかちになった」と、国家安保戦略研究所(ソウル)の南成旭所長は言う。確かに5月には核実験を強行し、友好国のロシアや中国がそれを非難すると両国政府を厳しく批判した。韓国では、最近の米韓に対するサイバー攻撃と金を結び付ける見方もある。金は世界に多くの敵をつくったまま、世を去ることになりそうだ。
元米外交官のウェンディ・シャーマンは、00年に金正日と会ったときの印象を「極めて知的で自信家で雄弁な男性」と語る。「博識で、用意周到な人物だった」
ジョンウンがそれほどの自信を持って振る舞えるとは想像しにくい。年齢と知恵を重んじる儒教の教えが根強い北朝鮮では、ジョンウンの準備が整うまで、「摂政」が国を統治する可能性もある。その最有力候補は朝鮮労働党行政部長の張成沢だ。かつて汚職を理由に(恐らく本当の理由は長男の正男と接近し過ぎたことだった)失脚させられたが、現在は復権して金取引のかなりの部分を取り仕切っている。
金正日が生きている限り、軍の幹部たちは「英明な同志」に忠誠を示すだろう。しかし親愛なる指導者がいなくなれば、激しい権力闘争に突入し、黄金と核兵器の争奪戦が始まるかもしれない。
[2009年8月 5日号掲載]