最新記事

ウイグル

チベットだけじゃない中国の誤算

中国政府の投資による発展がウイグル人の新たな権利意識を生んだ

2009年7月7日(火)14時49分
ジョナサン・アンズフィールド(北京支局)

高まる不満 新彊ウイグル自治区の市場を行き交うウイグル人たち(08年4月) Nir Elias-Reuters

 最近のチベットと新疆ウイグル自治区での騒乱に、中国当局は首をかしげている。結局、抗議の起きた地域は、これまで中国人の支配下で繁栄してきたはずだからだ。

 ウイグル人は、チュルク諸語に属するウイグル語を話すイスラム教徒で、約800万人がウイグル自治区に住む。人民解放軍がこの地域に入りはじめたのは50年代。80年代には中国政府が移住と貿易の制限を緩和、ウイグル人を漢民族に同化させはじめた。中国国営企業は、油田基地やパイプラインをウイグル自治区に建設した。

 漢民族も移住し、工場や家族経営の商店などが建つようになる。政府は幹線道路や鉄道を建設して観光産業の育成を推進、ウイグル人の住居や教育へも助成した。

 その結果、自治区は急発展。01年に950ドルだった1人当たりの平均年収は、06年には1900ドルへと倍増した。それでも、中国による統治への反対は衰えず、中国政府は困惑するしかなかった。

 かつては孤立した少数民族だったウイグル人は、収入の増加とともに、旅行やインターネットによって外の世界に触れる機会が増えた。その結果、生活が向上する一方で、彼らは周りにいる漢民族や中国沿海部の都市が好景気に沸いていることを知る。そして、国外のイスラム教徒が謳歌する権利を、彼らも要求するようになった。

 そうした不満は今、沸点に達しようとしているのかもしれない。4月10日、公安当局は、ウイグル人が企てていた北京五輪開催時に選手やその他の関係者を誘拐する計画をつぶしたと明らかにした。当局は3月にも、二つのテロ計画を阻止したと公表済み。ただ、ウイグル人テロの脅威が本物なのか、当局の誇大宣伝なのかは、いまだに闇の中だ。

メッカで学ぶ過激な要求

 一般的なウイグル人は、チベット人同様、はっきりと不満をもっている。その原因の一部には、「ハッジ」という名で知られるウイグル人ビジネスマン階層の出現がある。ハッジたちは、メッカへの巡礼(ハッジ)をすませたイスラム教徒だ。80年代以降、中国政府はこうした巡礼を許可してきた。

 彼らはメッカから、精神的かつ政治的自治に対する激しい欲求を身につけて戻る。多くのハッジが、学校やモスク(イスラム礼拝所)の建設への援助などの慈善活動を行い、影響力は増大している。その顕著な例は、ホータンのムタリップ・ハジム(38)。裕福で寛大なヒスイ商人だ。2、3年前、地方の党役員との取引がこじれた後、警察はハジムの自宅を捜索。違法なイスラム教の書物を所有していたとして起訴された。

 ハジムが拘束中の3月に不透明な状況で死亡すると、抗議運動が発生した。中国政府当局者は、イスラム過激派が抗議活動を引き起こしたと非難している。だが実際には、過激な活動はウイグル自治区ではめったにない。「ウイグル人は一般に、イスラム過激派には引きつけられていない」と、カリフォルニア州にあるポモナ大学の中国系イスラム教徒の権威、ドリュ・グラッドニーは言う。

 中国政府は現在、宗教的急進主義をテロと同一視し、「邪悪な力」ととらえている。急進主義が高まっているとの認識もあるようだ。04年には、1人につき5000ドル以上という高額で添乗員つきの公式ツアーでのみ、メッカへのハッジを許可し、巡礼を制限した。徹底した身辺調査も必須となった。

 今年はさらに、政府から給料を受け取るウイグル人はハッジに参加できないという決まりをつけ加えた。国家公務員はすでに、ラマダン(断食月)期間でも就業中の断食を禁止されている。また巡礼後もさまざまな嫌がらせを受ける。

 こういった対策では地方は安定しないだろう。騒乱の原因はイスラム急進主義というよりも、経済的な摩擦や宗教的制約。政府がこうした課題に取り組まないかぎり、中国の「大西部」地域の混乱は増すばかりだ。

[2008年4月21日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中