最新記事

中東

中東民主化の夢を捨て冷戦期に戻ろう

2009年6月4日(木)18時38分
ジョン・ミアシャイマー(国際政治学者・シカゴ大学教授)

 アメリカは中東から完全に手を引くわけにはいかないが、オフショア・バランシングには米軍の脅威を小さく見せる効果がある。潜在的な敵国同士を反米の絆で結束させる代わりに、ライバル関係の地域大国の間にアメリカの歓心を買う競争を促すことで、「分断統治」をやりやすくする。

 この戦略を採用すべき最後の理由は、成功した戦略がほかにないことだ。クリントン政権は90年代初めに「二重封じ込め」戦略を推進した。イラクとイランに互いを牽制させる代わりに、アメリカが両国を封じ込めようとしたのだ。その結果、両国ともアメリカを天敵とみなすようになった。 

 さらに、この政策のせいでアメリカはクウェートとサウジアラビアに大規模な軍を駐留させる羽目になった。この駐留に対する地元民の怒りが、ウサマ・ビンラディンによるアメリカへの宣戦布告を促し、96年にサウジアラビアで起きた米兵住宅爆破事件、00年の米駆逐艦襲撃事件、そして01年の9・11テロにつながった。

イランには「体制保証」を

 9・11テロのしばらく後、ブッシュ政権は二重封じ込め戦略を放棄し、中東の民主化を目標に掲げた。バグダッドの陥落直後、この戦略は瞬間的に成功したようにみえたが、すぐにイラク占領は行き詰まり、中東におけるアメリカの立場はさらに悪化した。

 新大統領が現在の苦境から抜け出すには、過去に中東で成功した戦略に戻るしかない。具体的には、オフショア・バランシング戦略を通じてイラク戦争をできるだけ早く終結させ、イラクと中東全体の流血を最小限に抑えることだ。

 「予防戦争」の大義を掲げてイランを脅す従来のやり方は、核武装に対するイランの欲求を強めただけだった。新大統領は交渉による問題解決をめざし、アハマディネジャド政権に「体制保証」を与えるのと引き換えに、ウラン濃縮計画に対する強い規制と査察を認めさせるべきだ。シリアに対しても、アサド政権を敵視する姿勢を改め、シリアとイスラエルの和平合意を後押しするべきだ。

 オフショア・バランシングは、アメリカが中東で直面するすべての問題を解消するわけではない。それでも、イラク戦争のような大失敗を繰り返す確率は減るだろう。アメリカに対するテロの危険性もかなり低下し、核拡散防止の見通しも明るくなるはずだ。人的損害と経済的負担もかなり少なくなる。

 国際政治に絶対確実な戦略は存在しない。だがオフショア・バランシングは、現時点で最もそれに近い戦略だろう。

(筆者は著書に『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』などがある)

[2008年12月31日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、6月以来の高水準=ベー

ワールド

ローマ教皇の容体悪化、バチカン「危機的」と発表

ワールド

アングル:カナダ総選挙が接戦の構図に一変、トランプ

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中