中東民主化の夢を捨て冷戦期に戻ろう
アメリカは中東から完全に手を引くわけにはいかないが、オフショア・バランシングには米軍の脅威を小さく見せる効果がある。潜在的な敵国同士を反米の絆で結束させる代わりに、ライバル関係の地域大国の間にアメリカの歓心を買う競争を促すことで、「分断統治」をやりやすくする。
この戦略を採用すべき最後の理由は、成功した戦略がほかにないことだ。クリントン政権は90年代初めに「二重封じ込め」戦略を推進した。イラクとイランに互いを牽制させる代わりに、アメリカが両国を封じ込めようとしたのだ。その結果、両国ともアメリカを天敵とみなすようになった。
さらに、この政策のせいでアメリカはクウェートとサウジアラビアに大規模な軍を駐留させる羽目になった。この駐留に対する地元民の怒りが、ウサマ・ビンラディンによるアメリカへの宣戦布告を促し、96年にサウジアラビアで起きた米兵住宅爆破事件、00年の米駆逐艦襲撃事件、そして01年の9・11テロにつながった。
イランには「体制保証」を
9・11テロのしばらく後、ブッシュ政権は二重封じ込め戦略を放棄し、中東の民主化を目標に掲げた。バグダッドの陥落直後、この戦略は瞬間的に成功したようにみえたが、すぐにイラク占領は行き詰まり、中東におけるアメリカの立場はさらに悪化した。
新大統領が現在の苦境から抜け出すには、過去に中東で成功した戦略に戻るしかない。具体的には、オフショア・バランシング戦略を通じてイラク戦争をできるだけ早く終結させ、イラクと中東全体の流血を最小限に抑えることだ。
「予防戦争」の大義を掲げてイランを脅す従来のやり方は、核武装に対するイランの欲求を強めただけだった。新大統領は交渉による問題解決をめざし、アハマディネジャド政権に「体制保証」を与えるのと引き換えに、ウラン濃縮計画に対する強い規制と査察を認めさせるべきだ。シリアに対しても、アサド政権を敵視する姿勢を改め、シリアとイスラエルの和平合意を後押しするべきだ。
オフショア・バランシングは、アメリカが中東で直面するすべての問題を解消するわけではない。それでも、イラク戦争のような大失敗を繰り返す確率は減るだろう。アメリカに対するテロの危険性もかなり低下し、核拡散防止の見通しも明るくなるはずだ。人的損害と経済的負担もかなり少なくなる。
国際政治に絶対確実な戦略は存在しない。だがオフショア・バランシングは、現時点で最もそれに近い戦略だろう。
(筆者は著書に『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』などがある)
[2008年12月31日号掲載]