ラストは鳥肌必至、狂気の看護師「セイント・モード」のサイコホラーの世界
Heraldin’ Maud
信仰心ゆえに常軌を逸していくモードは「聖女」なのか A24ーSLATE
<患者の魂を救うという神の意志に執着して、現実から乖離していく「セイント・モード」は聖女か狂信者か>
自宅で最期の日を迎えたいと望む末期癌などの患者にひたすら寄り添うホスピス看護師。つらい仕事だ。ある日、患者との間で衝撃的な体験をした彼女はキリスト教の信仰を受け入れ、自分の使命は生物学的な命よりも「魂」を救うことだと確信し、自ら「セイント(聖女)・モード」を名乗るようになった。
イギリスの女性脚本家で監督でもあるローズ・グラスの長編デビュー作『セイント・モード/狂信』では、そんな「聖女」の命懸けの、そして狂気に等しい戦いが描かれる。
ヒロインのモード(演じるのは英ウェールズ出身の女優モーフィッド・クラーク)が本当に「聖女」なのかどうかは最後まで分からない。ただ、最後のシーンで鳥肌が立つことは確実。精神的にボロボロで、正気を失いかけた危険な女だが、見た人の記憶には間違いなく残る。
彼女と対決する患者は著名ダンサーのアマンダ(ジェニファー・イーリー)。末期のリンパ腫を患い、ニヒルで享楽的で自堕落な日々を送っているが、最高に傷つきやすい心の持ち主でもある。
海辺の町に暮らすアマンダの豪邸に、住み込みの看護師として雇われたのがモード。たちまち2つの個性がぶつかり合い、相手を自分の似姿に変えようとするバトルが始まる。徹底した無神論者のアマンダを、モードは日課の祈りに引きずり込みたい。酒浸りで若い「恋人」もいるアマンダはあの手この手で、禁欲一点張りのモードを欲望と快楽の世界へと誘う。さあ、2人の女の魂はいずこへ?
見えない主題を映像化
あるパーティーの席でアマンダとその友人から挑発されたモードは、客人の前でアマンダに暴力を振るい、住み込み看護師をクビになってしまう。それでも彼女は、神の意志に従ってアマンダの魂を救うという崇高な「使命」を捨てるわけにいかない。
84分の小品だから物語の展開は速い。後半、孤独を深めたモードは神の声を聞き、常軌を逸した行動を繰り返す。自分の体を痛めつけるのも、神の与えた試練と思えばこそか。清らかなビジョンと汚れた世界。どこまでが現実で、どこからが空想なのか。境界はほとんど見えない。
監督のグラスは本作で自らに高いハードルを課した。信仰やトラウマ、心の病は目に見えない。それを、いかにして映像で見せるか。ともすれば説教くさくなりがちな試みだが、グラスはむしろ直観的かつ官能的なアプローチを選び、見事に成功した。