禁断の植物があぶり出す、見せかけだらけの現代社会
A “Happy Ending” Horror Movie
「これが既に私たちの現実だという事実。世の中、見せかけだらけだということを分かっていない人がいるということが恐ろしい。(態度や思いを偽ることは)コミュニケーションや共存の手段だ。偽ることでお互いにいい人になれる。でも私は、その大半が嘘だということもきちんと分かっていたいと思う」
「私の映画の登場人物たちは、私たちと同じく、普通に態度を偽る。例えば礼儀正しく振る舞ったり。『ここではこう言わなければならない』と分かっているから、そう言うのだけれど、みんな内心はいつも思っているはず。『この人は本当はどう思っているのだろう。なぜ本心を言わないのだろう』って」
ビーチャムの演じるアリスは、そうした感情をうまく表現している。同僚から口説かれたときの不安げで引きつった表情や、花に脳を操られた被験者たちを前に科学的思考だけで判断することができず、心が揺らぐ様子などは全く完璧だ。
撮影現場では、人工的で本音が見えてこないような演技ができるまで何度もリハーサルを行ったという。
「俳優たちは真に迫った演技をしようとすることもある。だからその場面に意味を持たせるには、わざとらしい演技でなければならない、本音を言っていないように見えなくてはならない、と説明している。登場人物の真の感情に対する疑念を残すようなレイヤーを重ねる作業だ」
真実がいくつもある世界
ハウスナーが最も影響を受けたのは、20世紀半ばに活躍した前衛映画の旗手マヤ・デレンだ。「私はデレンから多くを学んだし、手法もいくつか盗んだ」と、ハウスナーは言う。本作の音楽も、デレン作品の音楽を担当していた伊藤貞司のものだ。
もっともデレンの映画がひたすら人の内面に向き合おうとするのに対し、本作はその逆をいく。それでも私たちを取り巻く曖昧な主観の「霧」を生み出しているのは、人間の経験の多重性だと訴えている点は共通している。
「本当の理由だとか、ただ1つの真実を見つけることができるなんて考えていない。私が映画でやろうとしているのは、たぶん異なる真実や逆説的な真実がいくつも共存する世界をつくることだ」と、ハウスナーは言う。
人間の感情が全てリトル・ジョーのニーズに従属するようになれば、アリスは自由になれる。他人の思惑や偏見に心を乱されることもない。自分を守るための見せかけの態度が、リトル・ジョーを支える社会を維持するための見せかけの態度に置き換わるという、とんでもないハッピーエンディングだ。
「私たちは人間だと偉そうに構えているけれど、本当にそれが正解なのだろうか」と、ハウスナーは言う。
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[2020年7月21日号掲載]