最新記事

米外交

米「これは戦争ではない」の欺瞞

米外交が他国から嫌われる理由は、シリア攻撃を「戦争ではない」と言い張る根拠をみればわかる

2013年9月19日(木)15時42分
ピーター・バイナート
(ニューヨーク市立大学准教授)

戦争が日常 ケリー米国務長官の詭弁に隠された米政府の習性とは Joshua Roberts-Reuters

 アメリカの外交政策が他国で嫌われる理由を知りたければ、ジョン・ケリー国務長官が先週、上院外交委員会の公聴会で行った発言を聞けばいい。

「アメリカもシリアで戦争をしたいわけではない。議論しているのはその点ではない。大統領は、あなた方に戦争に行ってくれと求めているわけではない」

 この言葉を踏まえた上で、あなたの国が爆撃されていると考えたら何が見えてくるだろう。

 ケリーの言葉は支離滅裂だ。プロセインの軍事戦略家カール・フォン・クラウゼビッツは『戦争論』で、「戦争とは大規模な決闘以外の何ものでもなく」「敵をわれわれの意志に従わせるための暴力行為だ」と書いた。この古典的な、議論の余地のない定義によれば、オバマ政権がシリアに行おうとしていることは戦争そのものだ。

 対シリア軍事行動の決議案が上下両院で可決されたら(もしかしたら可決されなくても)、アメリカは地中海に待機する駆逐艦や潜水艦からミサイルを発射してシリアを攻撃するとみられている。巡航ミサイルのトマホークには約450キロの爆弾か、166基のクラスター爆弾が搭載されている。

 450キロの爆弾は建物をあっけなく破壊する。クラスター爆弾は「内蔵する発火装置が200個以上の鋭い金属片を放出し、半径最大150メートルの範囲に被害を与える。爆弾は発火性の高いジルコニウムを飛散させ、近くの目標物に損害を与える」と、アムネスティ・インターナショナルの報告書は伝えている。

 アメリカはシリア政府軍とその施設に対して、数百発のトマホークを発射することを検討中だと伝えられる。マーチン・デンプシー米統合参謀本部議長は「一般市民が巻き添えになる可能性」を認めている。

 要するに、オバマ政権はシリア市民の殺害も計画している。バシャル・アサド大統領に再び化学兵器を使用させないためであり、対イラン攻撃もあり得るという空気をつくり上げるためだ。これは戦争だ。

 では、なぜケリーは「戦争ではない」と言うのか。トマホークを発射する艦船はシリアから遠く離れた地点にいるため、反撃される恐れがないからだ。つまり、戦争とは他国民がアメリカ人を殺したときに起こるもので、その逆はないという理屈だ。

 ケリーがそう考えるのも無理はない。彼にとっては、多くのアメリカ兵が危険にさらされるときだけが「戦争」だ。ベトナムやアフガニスタン、イラクがそうだ。アメリカは「戦争」を頻繁に戦わず、戦うときは実にまじめに取り組む。

 これとは逆に、他国民を危険にさらすことを「戦争」と呼ぶのなら、アメリカにとって戦争は日常的なもので、議論にさえならない。今この瞬間も、米軍の無人機がアフリカや中東、南アジアの上空からテロ容疑者を攻撃しようとしていることを思い出してほしい。

 だから「大統領は、あなた方に戦争に行ってくれと求めているわけではない」というケリーの発言は、ある意味で正しい。大統領は、そう求める必要がないのだ。自国民やアメリカ兵が犠牲にならない限り、アメリカ人にとって「戦争」ではないからだ。そして他国が同じように考えていないことに驚き、ただうろたえる。

[2013年9月17日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中