最新記事

米環境

エネルギー長官が掲げる「タイタニック救出策」

アメリカの化石燃料依存を変え「沈み行く船・地球」を救う方法を、グリーンニューディール政策を主導するスティーブン・チュー長官がインタビューで語った

2009年4月22日(水)12時58分

ノーベル賞物理学者でもあるチューは、気温が5〜6度上昇すれば大惨事になると警告し、「スマート電力網」整備についても語った

 アメリカが輸入石油への依存から脱却し、地球温暖化防止に貢献すると同時に、国内で雇用を創出する――オバマ政権が進めるグリーンニューディール政策の中心に位置するのが、エネルギー省だ。恐るべき温暖化の現実から再生可能エネルギーの技術開発まで、新任のエネルギー長官でノーベル賞物理学者のスティーブン・チューに本誌ファリード・ザカリアが話を聞いた。

――温暖化に対して懐疑的な意見は今もあるが。

 私はこう言っている。グーグルで検索して、気候変動に関する政府間パネル(IPPC)の07年の報告書を読んでくれ、と。この100年の傾向は疑いようがない。1年や2年のデータで大騒ぎしないことだ。

――温暖化は防止できるのか。適応の道を探るほうが得策では? 二酸化炭素(CO2)の排出削減より、護岸工事を進めるほうが安くつくかもしれない。

 もしも今、地球上の人間が全員CO2の排出をやめたとしても、気温はおよそ1度上昇すると言われている。これまで通りの生活を続ければ、エコノミストのニコラス・スターンの試算によると、5度上昇する確率が50%ある。

 今よりも気温が5〜6度低い状態というのは、氷河期の地球だ。そこから、5度の上昇が何を意味するか想像してほしい。臨界点に達することも懸念される。1〜2度の上昇なら適応できても、それ以上になると、適応策はない。

――臨界点とは?

 例えばロシアとカナダの北部では、死んだ昔の植物が大量に永久凍土に閉じ込められている。CO2の観点で言えば、普通は木が倒れて枯れると微生物が分解してリサイクルするのだが、永久凍土地帯では微生物が眠った状態にある。つまり、この凍土が溶けだすと、微生物の活動が活発になり、植物を分解して炭素を大気中に放出するのだ。そうなると、人間がどう頑張っても、もう制御できない。

 これがこの10年で分かったこと。私たち科学者の多くが憂慮している。1〜2度の気温上昇に適応するのも大変だが、5〜6度も上昇すれば大惨事になる恐れがある。

――もう手の打ちようがないのでは? 当面、化石燃料依存からは脱却できそうにないが。

 私たちはタイタニック号に乗っているようなもの。地球が巨大なタイタニック号なのだ。方向を転換するには半世紀かかるかもしれない。

 だが今から方向転換しても無意味ではないし、やらなければならない。アメリカのエネルギー消費の40%は家庭やオフィスビルが占めている。建築物、それに自動車の省エネを進めるだけで、エネルギー消費を大幅に抑えられるだろう。

――ビルを断熱構造にして、クルマの燃費を向上させればいいということか。

 断熱だけに限らない。私たちは既存の技術をフルに活用していない。活用していれば、既存の建物より60〜80%エネルギー効率の良い建物を造れるはずだ。とはいえ、今ある技術で炭素の排出を80〜90%減らして、なおかつ現在の生活水準を保てるかと聞かれれば、答えはノー。もっと高度な技術が必要だ。

――アメリカでは発電量に占める石炭火力発電の割合が大きい。石炭依存から脱皮するには?

 再生可能エネルギーや原子力発電もある。電力需要が低下する夜間に、電気自動車やハイブリッド車を充電するという手もある。蓄電技術が極めて有用となるだろう。安定的な供給が難しい再生可能エネルギーの割合を増やすには、優れた蓄電技術が不可欠だ。

――再生可能エネルギーや原発は、石炭よりもコスト高ではないか。

 その通りだ。今のところは、風力が最も競争力がある。この20年で風力発電のコストは10分の1程度に下がり、現在も下がり続けている。ただし(環境への負荷も考慮した)本当のコストを考える必要がある。

――再生可能エネルギーには風力、太陽光、地熱発電があるが、化石燃料依存から脱するにはどの技術が一番有望か。

 最終的には、何らかの形で太陽光を利用することになるだろう。だが20〜30年後にどの技術が支配的になるかについては、私には予測できない。今は炭素回収・貯留技術(CCS)の開発に取り組む必要がある。今世紀中は原発も必要だと考えている。

 省エネも重要だ。いま製造されている冷蔵庫は1975年の製品と比べて4倍もエネルギー効率が良い。この冷蔵庫の省エネで、全米の風力・太陽光による総発電量以上の電力を節約できている。冷蔵庫だけでだ。

――代替エネルギー開発は民間部門が行うにしても、電力供給の効率化を目指す「スマート電力網」の構築はどう進めるのか。

 今の電力網は1950年の高速道路網のようなものだ。当時は州が道路の整備を行っており、州境を超えて移動するには不便だった。(現在は)地域の電力会社が送電を行っており、長距離の電力網は整備されていない。そのため、格段に効率のよい電力網の構築が必要だと言われているわけだ。理想としては、民間主導で実現するのが望ましい。政府の役目は、民間部門が全国的なシステムを築きやすいよう条件を整えることだ。

――あなたが最も手を焼くのは(石油業界などの)政治的圧力だろうか。

 私はそんな発想では考えない。輸入石油への依存、安全保障、経済成長、気候変動......これらは突き詰めれば政治的な問題ではないからだ。アメリカが再び技術力で世界をリードし、製造業の品質の高さで優位に立ち、そして何より、世界を救うための道となる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、1カ月半内にサウジ訪問か 1兆ドルの対

ビジネス

デフレ判断の指標全てプラスに、金融政策は日銀に委ね

ワールド

米、途上国の石炭からのエネルギー移行支援枠組みから

ビジネス

トランプ氏、NATO加盟国「防衛しない」 国防費不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中