「毎日が正しさとの戦い」未来食堂の『ただめし』制度と店主の葛藤
未来食堂を「体験」したい人は、「お客さんとして来る」「中で働く」「券を使う」という、3つの関わり方があります。
だから、テレビを観た人が3つの体験からどれを選ぶのかは自由だけれども、お店としてはできれば「券を使う」のは最後の手段であってほしい。そういうメッセージだったんです。
「使うな」とか、「あなたに使ってほしくない」とか、そういう意味じゃない。
だから、「今日のあなたは」と書いているんです。人はいつ、どういう状態になるか分からないから。
「いいことしよう」と思うと「いい人にしかあげない」人になる
──最初、店に入ったとき、小林さんが無表情でカウンターの中で文庫本読んでて、愛想ゼロにみえて正直緊張しました。もし「まかない」で店を手伝いたい人が来たら、委縮するかもしれない。
"まかない"という、見ず知らずの人が店を手伝いながらフレンドリーにもなれる仕組みがあるなかで、お店をきっちり回していくには、ピリッとした緊張感が必要です。
もし私が愛想よくニコニコしていたら、たいして"まかない"をする気がなくても「せかいさんと仲良くなりたいから手伝う」みたいな人も来るかもしれない。でも、仲良しのコミュニティを作るために、このお店を「手伝う」という考えは、違うと思うのです。
"まかない"をやるからには、やっぱりお客さんのために働いてほしいと思うんですよね。この店にとって一番いいのは、お客さんがちゃんと「今日来てよかったな」と思えることです。
──じゃあ、店のピリッとした雰囲気も、あえてなんですか?
そうですよ。 私、飲み屋で働いていたことがあるんですけど、お客さんと店の人が近すぎる店がどうなるかをよく見てきました。常連で埋まってしまって、逆に入りづらい店になるんですよね。
──でもなぜか、この食堂は「感動」の側面から語られますよね。
本当ですよ、不思議です。
でも未来食堂の「感動的」な仕組みはあくまで表層。毎日メニューを変えながら、いかにおいしいと感じてもらえるものを作り続けるかという挑戦が未来食堂の本質です。
満足したお客様がリピートし、でも同じメニューは二度と作らず、不特定多数とやっていく"まかない"で運用し、黒字を出す。 それってすごく難しいことです。
「感動する食堂ですから、感動していってください」と言って、もし中身がスカスカだったら、感動的なことに賛同する人しか集まらなくなってしまう。その閉鎖的な空気は私が求めるものではありません。
普通にごはん処として使ってくれる人もかなり多い。
でも感動するのも、それはそれで、その人の自由です。まあ「そうですか」って感じです。
「いいことしよう」「いいことしよう」と思ってるとね、「いい人にしかあげません」「困ってる人しか助けません」ってなっちゃうから。
取材・文:神山かおり、錦光山雅子 写真:西田香織 編集:川崎絵美
小林せかい(こばやし・せかい)
飲食店「未来食堂」経営者。1984年大阪府生まれ。東京工業大学理学部数学科卒業。日本IBM、クックパッドにて6年半エンジニアとして勤務。その後、さまざまな飲食店で修業を経て2015年に「未来食堂」をオープン。「まかない」「ただめし」の仕組み、月次決算の公開などユニークな運営で注目を集める。著書に『未来食堂ができるまで』(小学館)、『ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由』(太田出版)など。