最新記事
ドラマ

「恋愛ドラマはくだらない!」に反論したくなるNetflix『ブリジャートン家』、共感呼ぶ理由

The Virtues of “Fluffy” Drama

2024年6月14日(金)12時05分
シェリー・ギャルピン(英キングズ・カレッジ・ロンドン講師)
Netflix『ブリジャートン家』

ペネロペ(写真)は、久しぶりに戻ったコリンに想いを寄せる LIAM DANIEL/NETFLIX

<派手に着飾った登場人物が織り成す、一見して緩くて軽い「時代物」ドラマはこんなにも魅力的>

数年前、友人との会話で、最近ハマっているドラマが話題になったときのこと。彼女は、ひょんなことから田舎の高校教師が麻薬王にのし上がる米ドラマ『ブレイキング・バッド』を絶賛した。

筆者は未視聴だったため、取りあえず、「最近のお気に入りは(ネットフリックスで独占配信中のドラマ)『ブリジャートン家』かな」と言ってみた。すると友人は眉をつり上げて言った。「それってキラキラのドラマでしょ? 言っとくけど、『ブレイキング・バッド』は芸術だから」

はあ?

友人と口論になるのが嫌だったので実際にはその言葉をのみ込んだが、時代ドラマや映画の研究者として、私は反論したくてたまらなかった。

キラキラ? 恋愛沙汰が物語の大部分を占めるから? それとも全体的なパステルカラーの色調のせい? 19世紀前半の英貴族の物語なのに、黒人やアジア系の俳優がキャスティングされているから?

友人の見解に同調する人は大勢いるかもしれないが、フェミニストの映画研究者たちが指摘してきたように、そうした評価にはジェンダー差別的な先入観が反映されている。

恋愛物はくだらない?

犯罪やマフィア絡みの作品(登場人物は男性ばかりであることが多い)は「本格派」で、真面目な批評に値するが、ファミリー物や時代物は「女性的」と見なされ、緩い話だとか、くだらない作品だと見られがちなのだ。

だが、2020年に第1シーズンが配信開始となった『ブリジャートン家』は、記録的な再生回数をマークするなど、時代物というジャンルに根強い人気があることを示した。登場人物がドレスやカツラを身に着けていることが多いため「コスチューム・ドラマ」と呼ばれることもあるが、その表現は、現代劇だって俳優は役に応じた衣装を着ていることを忘れている。

似たようなジャンルで「歴史物」があるが、こちらは史実を忠実に描いた「真面目な作品」と見なされがちだ。男性が登場人物の大部分を占め、男性の視点で描かれることが多いのだけれど。これに対して時代物は、軽くて、「適切」あるいは「真の」歴史を描くことには力を入れていないと見なされることが多い。

だが、たとえ「史実に近い」と評されるドラマでも、タイムスリップしてそれを確認することは誰にもできない。それにリアルと評される歴史物も、そのジャンルでは「お決まり」の描写方法や小道具を使い回しているにすぎないことも多い。

Netflix『ブリジャートン家』

コリン(写真一番左)が戻ってくる、第3シーズン第1話 LIAM DANIEL/NETFLIX

確かに『ブリジャートン家』には、フェミニストの登場人物や、非白人の貴族など、19世紀前半にいたとは考えにくい要素がある。だがそれは、ドラマのクリエーターたちが、よく言われる「カラーブラインド(肌の色を無視する)」ではなく、「カラーコンシャス(肌の色を意識する)」な作品にしたいと考えたからだ。

『ブリジャートン家』は、過去の架空の場所を舞台にしつつ、現代の人間模様を描いたドラマでもある。

近年、研究者の間では、時代物に架空の設定を入れ込むことによる映画やドラマの問題提起効果に注目が集まっている。主体的な女性を描いたり、人種的偏見を排したりした『ブリジャートン家』は、その狙いが大きな効果を発揮した例と言えるだろう。

Netflix『ブリジャートン家』

黒人の公爵など常識破りの配役も LIAM DANIEL/NETFLIX

21世紀に通じるテーマ

常に美しく晴れ上がった庭で、念入りに着飾った登場人物が織り成す人間模様は、確かに架空の世界の話に見える。

それでも、現代にも共通する問題を提示して視聴者に考えさせるこのドラマのパワーは、なんら失われるわけではない。もちろん、ほとんどの視聴者はたびたび舞踏会に出席するような生活はしていないが、初恋の喜びと苦しみ、独りぼっちになることへの恐怖、家族のプレッシャーなどには強く共感できるだろう。

第1シーズンの中心となるダフネ・ブリジャートンと公爵の恋物語は、彼女が兄の傲慢な介入をきっぱりはねつけたとき、初めて本格化する。この6月に配信開始となった第3シーズンでは、容姿に自信のないペネロペ・フェザリントンの恋の行方が、多くの共感を呼ぶだろう。舞台は19世紀でも、『ブリジャートン家』には21世紀の視聴者を揺さぶる普遍性があるのだ。

時代物の多くの映画やドラマと同じように、『ブリジャートン家』は、リアル(史実と現代にも通じるテーマ)とファンタジー(美しい舞台と、うっとりするようなロマンス)を複雑に絡み合わせている。そしてその楽しみ方は、視聴者の数だけある。

新シーズンを一気見する予定のファンにとって、この現実とファンタジーを融合させた世界がキラキラだからといって、芸術ではないなどと言われる筋合いはないのだ。

The Conversation

Shelley Galpin, Lecturer in Digital Media and Culture Education, King's College London

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


20250225issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月25日号(2月18日発売)は「ウクライナが停戦する日」特集。プーチンとゼレンスキーがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争は本当に終わるのか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ関税巡る市場の懸念後退 猶予期間設定で発動

ビジネス

米経済に「スタグフレーション」リスク=セントルイス

ビジネス

金、今年10度目の最高値更新 貿易戦争への懸念で安

ビジネス

アトランタ連銀総裁、年内0.5%利下げ予想 広範な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプ政権の外圧で「欧州経済は回復」、日本経済…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中