本音を押し殺してきた2人の仁義なきバトル、ドラマ『BEEF』に見る「自分」とは?
Finding You in Your Nemesis
ダニー(スティーブン・ユァン)はあおり運転を機にキレまくる ANDREW COOPER/NETFLIX
<あおり運転をきっかけにバトる「成功者」の女性と「負け犬」の男性。相手への怒りが行き着く先とは...Netflixの話題作『BEEF/ビーフ~逆上~』より>
ネットフリックスで独占配信中のドラマ『BEEF/ビーフ~逆上~』(全10話)。タイトルの「ビーフ」とは「ディスり合い」のこと。赤の他人だった男女があおり運転をきっかけに、バトルをエスカレートさせていく。
取るに足りないいさかいが激しさを増すにつれて、怒り、葛藤、放棄、世代間のトラウマの連鎖といったテーマが浮かび上がってくる話題作だ。
2人は一見、全く違う。エイミーは大成功した起業家で億万長者に事業を売却する話を進めている。一方、便利屋のダニーは仕事でも人生でもトラブルばかり。だが見終わって気付くのは、2人の意外な共通点だ。
どちらもひどい苦痛を抱え、それを他人に打ち明けられないと感じている。2人の内に秘めた怒りは抑鬱と恥になって彼らのアイデンティティーを形成し、抑圧された感情は常にはけ口を求めている。
エイミーは売却交渉がまとまるまでの間、無力感にさいなまれる。ダニーも会社の経営権とトラックを従兄に譲渡する際に無力さを感じる。それぞれ内心では交渉決裂と家族の関係悪化を心配しているが、それを口に出せない。
エイミーもダニーも無力感を抱くことにうんざりしている。2人のバトルは力とコントロールを取り戻すチャンスの象徴と化す。
敵の存在は事態をコントロールしている気分にさせる。自分の短所や欲望を敵に投影すれば、自分の怒りのはけ口にできる。その結果、無意味で無力に感じられた人生が意味のあるものになり得るのだ。
「敵」に自分自身を投影
2人が激しくディスり合うのは、お互いの中に自分の影を見ているからだ。エイミーはダニーの中に義憤に燃える人間を、ダニーはエイミーに自立した人生を送る人間を見ている。自分が望んでいながら口に出せないものだから、なおさら怒りが募るのだ。
2人は自分自身の抑圧された部分をコントロールするために戦うが、それでは自分の感情から目をそらすだけ。しかもコントロールするどころか、既に欠陥だらけの自分をさらに追い込むことになる。
最終話でどうしてそんなに怒ってばかりいるのかとエイミーに聞かれて、ダニーはそれはこっちのせりふだと言い返す。次第にお互い似たような経験をしていることが明らかになり、ダニーが言う。
「俺たちはなんでなかなか幸せになれないのかな?」
2人は誤って口にした実の幻覚作用でハイになった結果、自分の感情と向き合い、エゴを捨てて自分の不安や弱さを正直に認められるようになる。互いに相手の軽蔑していた部分が自分自身の抑え付けていた部分だと理解し始める。
フラッシュバックを通して世代間で繰り返されるパターンも浮かび上がり、2人の過去と家族が人格形成にどう影響したかがうかがえる。
エイミーは両親のコミュニケーションの欠如にいら立ち、ダニーは両親の経済的不安に悩んでいるが、大人になった彼らは親たちにそっくりだ。
エイミーの夫の浮気が発覚するが、それは彼女自身の父親の浮気と重なる。実家を訪れたエイミーは母親に父親の裏切りについて話そうとするが母親はそれを止め、その話題はタブーだとほのめかす。
エイミーはセラピストに言う。「両親は確かに私を愛してくれた。自己犠牲という形で」
両親は彼女を養うため働きづめで留守がちだった。犠牲を愛情の尺度にすることは移民の家庭では珍しくない。移民たちは新天地で一からやり直そうと休む間もなく働き、安定した生活をしたい一心で自分の時間を犠牲にした。
だがそのために親が子供の感情に十分寄り添えず、子供は感情的に見捨てられたと感じて将来の人間関係全般に影響しかねない。
親のトラウマが子供にも
こうした経験も、エイミーが躍起になって事業を売却しようとする一因かもしれない。娘と過ごす時間を増やすためだ。彼女は無意識に、娘が昔の自分と同じように親子の断絶を感じ、それが娘の将来の人間関係にも影響するのではないかと案じている。
だが娘は、エイミーの別の行動パターンも受け継いでいる。エイミーのフラッシュバックに登場する魔女のような人物は、彼女の抑圧された恥の表れだ。
幼いエイミーがチョコレートの包み紙をマットレスの下に隠すと、「魔女」は言う。「私はいつもおまえを見張っている。私はおまえの秘密を誰にも話せない。話したら誰もおまえを愛さなくなるだろうから」
エイミーは自分を恥じて本当の自分を知ったら誰も自分を愛さなくなると思い込み、本音を隠して孤立した人生を送るようになる。
そうした抑圧は孤立と鬱状態につながることが知られている。何年もたって、今度はエイミーの娘が同じようにチョコレートの包み紙を隠す。
一方、ダニーも子供の頃、周囲になじめず、独りぼっちになるのを恐れていた。それは大人になっても変わらず、便利屋の仕事に励んでも苦労が絶えず、周囲にもなじめないままだ。
ダニーは韓国に戻った両親に代わって弟ポールの面倒を見ているが、多くの移民の子供が兄や姉に感じる息苦しさといら立ちをポールも感じていて、それがダニーをさらに孤立させる。
ダニーの弟に対する愛情は複雑だ。成功はしてほしいが自分独り取り残されるのは嫌で、弟の大学への願書を捨てるなど、弟をコントロールし操るような行動を取る。
エイミーとダニーの「ビーフ」は、トラウマの連鎖と自己投影に根差している。訳もなくムカつく相手がいる人は、何がそうさせるのか考えてみるべきかもしれない。
Nilufar Ahmed, Senior Lecturer in Social Sciences, CPsychol, FHEA, University of Bristol
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.