この物語を伝えられる作曲家は、坂本龍一しかいない──私を抱き締めて感謝を伝えた「私のヒーロー」
A TRUE HERO
環境問題や平和運動など社会的な発言も積極的に続けた(2014年5月、ニューヨークのイベントで) ROBERT NICKELSBERG/GETTY IMAGES
<寛大さと思いやりに満ち有言実行を貫く、本物の市民だったマエストロ坂本。映画『MINAMATA─ミナマタ─』の監督が語る思い出>
坂本龍一は、私がアーティストになってからずっとヒーローだった。彼の創作活動の優雅な輝きだけが理由ではない。自分が最も信じる人々や理想を情熱的に支援するために、時間とエネルギーを使うことを彼が選択してきたからだ。
有名人も政治家もソーシャルメディアに投稿する市民も、世間体のために道徳的な振る舞いをするこの世界で、口先だけでなく本当に実行する人はごく限られていることを、私は痛感している。
「マエストロ」こそ本物の市民であり、彼は信念を持って有言実行を貫いた。
映画『MINAMATA─ミナマタ─』の編集初期のファーストカットが仕上がると、私はニューヨークで龍一に見てもらう機会をつくった。
プロジェクトを立ち上げたときから、物語のニュアンスやそこに住む人々について、この映画が地元や世界に与える影響について、この映画が変えることのできる政策について、深く理解して責任を果たすことができる作曲家は坂本氏しかいないと、私は心から信じていた。
過去(と現在)の患者と被害者(と彼らの家族)に敬意を表し、水俣の物語を全く知らなかった人々にも感動を与え、行動を起こさせるような形で、心の奥底まで手を伸ばして揺さぶることができる作曲家が必要だった。
彼ほど偉大なアーティストに依頼する予算はなかったが、彼に映像を見てもらうまで作曲家は決めないことにした。同じ精神を分かち合い、作品の価値を理解してくれることを願って......。
そしてあの日、私はニューヨークのコーヒーショップで彼の反応を待ちわびていた。
窓の外を眺めていると、優雅な着こなしの龍一が通りを渡って店に入ってきた。そのまま私に歩み寄り、何のてらいもなく私を抱き締めて、この映画を作っていることに静かに感謝を伝えてくれた。
私は安堵と感謝と喜びで涙が込み上げ、その瞬間、パートナーを得たと確信した。