天皇と謁見した女性経営者グラハム(ペンタゴン・ペーパーズ前日譚)
「陛下はあなたと握手をするのを大変喜ばれるでしょう」と侍従は答えたが、その言い方は、同席したオズ・エリオットが後日語ったところによれば、「正真正銘の神様」に対して取るような態度で臨めばよいのです、と示唆しているように聞こえたという。説明がすむと、私たちはおそろしく豪勢な謁見室に案内された。厚い詰め物を施した椅子が置かれており、金襴緞子(きんらんどんす)のカバーが掛けられていた。
天皇・皇后両陛下がお出ましになると、私たちは身を堅くして椅子に腰掛けた。天皇陛下と私とは、一種のラブ・シートのような椅子に座り、向かい側にはオズが座った。通訳は私たち一人一人につけられていた。会見の最初に長い沈黙があったが、これは陛下の方が会話の口火を切られるまで待つようにとの指示があったからである。天皇陛下は、手を握られたまま腕をふる習慣と、椅子に座られたまま体を弾むように上下させる癖をお持ちだったようで、向かい側に座っていたオズによれば、「ラブ・シートで陛下が上の方に上がるたびに、ケイは下の方に沈むように見えた」ということだ。
陛下が最初に話されたのは、「グラハム夫人、これはあなたの最初の訪日ですか?」というご質問で、ただちに翻訳されて伝えられた。私は次のようにお答えしたが、まるで他人がしゃべるのを上の空で聞いているような感じだった。「はい、日本へはこれが最初の訪問です。エリオット夫人にとっても初めての訪日ですが、オズの方は来たことがあるようです......えー戦時中で、つまりその......かなり昔のことになりますが」。オズが笑いを必死にこらえているのがはっきり分かった。会話の内容には総じて重要なものや興味を惹かれるものはなく、むしろ堅苦しく不自然で、一種の苦痛すら感じられるようなものだった。何回目かの沈黙の後、私は思い切って発言してみた。「陛下は海洋生物学に興味がおありになるそうですが......」。そしてオズがニューヨークの自然史博物館の評議員でもあることを話した。しかし、残念ながらこの話題も大きく発展することはなかった。
私たちは、この頃になると、会見が終わりになったのをどのようにして知ればよいのか、非常に気になっていたが、天皇陛下はごくさりげなく皇后陛下の方に目をやられ、お二人とも同時に立ち上がられた。私たちは再び握手を交わしたが、オズによれば、「陛下は握手に慣れておられなかったようで、上下するご自分の手をいつ引っ込めたらいいのかと、不安げに見つめておられた」ということである。こうして、宮中でのすべては終了した。縞ズボンの侍従は、謁見がたいへんな成功であったと保証してくれた。
※第2回:ワシントン・ポストの女性社主が小型ヘリに乗り、戦場を視察した
『ペンタゴン・ペーパーズ――「キャサリン・グラハム わが人生」より』
キャサリン・グラハム 著
小野善邦 訳
CCCメディアハウス