最新記事

米メディア

天皇と謁見した女性経営者グラハム(ペンタゴン・ペーパーズ前日譚)

2018年3月29日(木)17時50分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

「陛下はあなたと握手をするのを大変喜ばれるでしょう」と侍従は答えたが、その言い方は、同席したオズ・エリオットが後日語ったところによれば、「正真正銘の神様」に対して取るような態度で臨めばよいのです、と示唆しているように聞こえたという。説明がすむと、私たちはおそろしく豪勢な謁見室に案内された。厚い詰め物を施した椅子が置かれており、金襴緞子(きんらんどんす)のカバーが掛けられていた。

天皇・皇后両陛下がお出ましになると、私たちは身を堅くして椅子に腰掛けた。天皇陛下と私とは、一種のラブ・シートのような椅子に座り、向かい側にはオズが座った。通訳は私たち一人一人につけられていた。会見の最初に長い沈黙があったが、これは陛下の方が会話の口火を切られるまで待つようにとの指示があったからである。天皇陛下は、手を握られたまま腕をふる習慣と、椅子に座られたまま体を弾むように上下させる癖をお持ちだったようで、向かい側に座っていたオズによれば、「ラブ・シートで陛下が上の方に上がるたびに、ケイは下の方に沈むように見えた」ということだ。

陛下が最初に話されたのは、「グラハム夫人、これはあなたの最初の訪日ですか?」というご質問で、ただちに翻訳されて伝えられた。私は次のようにお答えしたが、まるで他人がしゃべるのを上の空で聞いているような感じだった。「はい、日本へはこれが最初の訪問です。エリオット夫人にとっても初めての訪日ですが、オズの方は来たことがあるようです......えー戦時中で、つまりその......かなり昔のことになりますが」。オズが笑いを必死にこらえているのがはっきり分かった。会話の内容には総じて重要なものや興味を惹かれるものはなく、むしろ堅苦しく不自然で、一種の苦痛すら感じられるようなものだった。何回目かの沈黙の後、私は思い切って発言してみた。「陛下は海洋生物学に興味がおありになるそうですが......」。そしてオズがニューヨークの自然史博物館の評議員でもあることを話した。しかし、残念ながらこの話題も大きく発展することはなかった。

私たちは、この頃になると、会見が終わりになったのをどのようにして知ればよいのか、非常に気になっていたが、天皇陛下はごくさりげなく皇后陛下の方に目をやられ、お二人とも同時に立ち上がられた。私たちは再び握手を交わしたが、オズによれば、「陛下は握手に慣れておられなかったようで、上下するご自分の手をいつ引っ込めたらいいのかと、不安げに見つめておられた」ということである。こうして、宮中でのすべては終了した。縞ズボンの侍従は、謁見がたいへんな成功であったと保証してくれた。

※第2回:ワシントン・ポストの女性社主が小型ヘリに乗り、戦場を視察した


『ペンタゴン・ペーパーズ――「キャサリン・グラハム わが人生」より』
 キャサリン・グラハム 著
 小野善邦 訳
 CCCメディアハウス

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

貿易分断で世界成長抑制とインフレ高進の恐れ=シュナ

ビジネス

テスラの中国生産車、3月販売は前年比11.5%減 

ビジネス

訂正(発表者側の申し出)-ユニクロ、3月国内既存店

ワールド

ロシア、石油輸出施設の操業制限 ウクライナの攻撃で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中