プロ投資家が斬る 村上尚己
日本から学ばず、デフレ・経済停滞から抜け出せなそうな中国
<トランプ2.0が始動すれば、米中で関税の掛け合いとなるだろう。双方が経済的なダメージを負うが、中国の経済成長率はどうなるか。習近平政権は経済政策の重要性を理解しているようにはみえない> トランプ2.0が2025年に始動するが、ドナルド・トランプ次期米大統領はカナダ、フランス、イタリアの首脳と会談を行い、外交政策を既に開始した。トランプ氏がリーダーとなる米国としっかり向き合うことで、自らの国益を高める必要があることを先進各国は理解している。 G7の中で石破政権率いる日本は、現時点ではトランプ氏からほとんど相手にされていないようだ。トランプ次期大統領が米国の外交政策を変え、対中抑圧策が強化される中で、関税引き上げの対象になる経済大国・日本の国益を損なわない為に、政治リーダーの資質・能力が重要になる点は誰の目からみても明らかだろう。 11月28日のコラムでも述べたが、米欧先進国のリーダーの中でトランプ氏と特に懇意だった安倍晋三元首相が残したレガシーを活かし、自らが安倍氏の後継者であることを石破茂首相がアピールしながらトランプ政権に向き合わなければ、日本の国益は低下するだろう。 「自らのかつての言動」にこだわりが残っている為か首相のリーダーシップが見えない中で、石破政権では2025年の日本経済に期待するのは難しいだろう。 また、トランプ政権の関税引き上げの最大のターゲットは、覇権国のライバルとみなす中国であり、米国の政策変更の影響を最も受けるのは同国だろう。2018~19年同様に、米政府の関税引き上げに対して、同様の規模で米国からの輸入品に関税を課す政策対応を中国は行うだろう。 ===== 中国経済の分析は難しいが、金融政策の「変更」発表をどう捉えるか --> 関税の掛け合いは、それぞれの企業の貿易・投資活動に制約をもたらし、双方が経済的なダメージを負う。焦点は、この負の影響をオフセットする、マクロ安定化政策が同時に繰り出されるか否かで、それによって2025年の米中それぞれの経済成長率が大きく変わる。 中国経済の分析は難しいが、金融政策の「変更」発表をどう捉えるか 米国では、財務長官に就任する見通しのスコット・ベッセント氏が、GDP成長率3%を実現しつつ、2028年までに財政赤字を国内総生産(GDP)比3%に削減、日量300万バレル相当の原油増産、という3本の矢を掲げながら政策対応を行う。 3%の経済成長を実現するには、適切な金融財政政策も当然ながら必要になるので、関税引き上げと同時に減税政策などで成長が下支えされるだろう。ヘッジファンドを経営する同氏は、適切な経済安定化政策を理解していると判断される。 一方で、中国当局はどう対応するのか。12月9日に、習近平国家主席をトップとする中央政治局が来年の金融政策を「適度に緩和的」とすると報じられた。これまでは「穏健な」金融政策としていたが、スタンスが変わったと伝えられている。また、国営新華社通信によると、指導部は財政政策に関しても「より積極的な」と、従来の「積極的な」から表現を強めた、とのことである。 ===== デフレを放置した日本銀行のように、多くの官僚組織は問題を抱える --> 2017年から米中関係が冷え込み、更にコロナ禍の混乱を経て中国がより内向きになったこともあり、中国経済の実像を知ることは年々難しくなっている。金融市場における中国への期待が低下する中、筆者自身も中国経済の動向を観察する機会が減り、解像度が高い分析は正直難しい。 このため、先の報道が伝える共産党指導部のメッセージが、実効性がある政策発動を意味するのか、筆者には判断がつかない。2022年から習近平体制がより強固になったようにみえるが、コロナ禍からの正常化が進む中で、当局が公表する同国の経済成長率は5%前後を保っている。 経済成長は安定しているようにみえるが、同国のインフレ率停滞はかなり顕著である。エネルギー、食料品を除いたコアベースの消費者物価は2023年から概ね1%以下で推移している。 消費者物価指数の測定バイアスを踏まえると、物価下落つまりデフレに陥っている。実際に、名目GDPと実質GDPの差から算出される、GDPデフレーターは2023年半ばからマイナスとなっており、2012年までの日本経済と同様に「名目逆転」が定着しつつある。 デフレを放置した日本銀行のように、多くの官僚組織は問題を抱える 1990年代半ばから日本では20年以上デフレと経済停滞が続いたが、中国は同様の経済状況で、米国との関税引き上げ合戦という「切り合い」に再び直面する。もちろん、中国経済の苦境が避けられないわけではなく、2013年以降の日本のように、標準的な経済理論に基づき金融財政政策がしっかり作用すれば、経済停滞は回避できる。 ===== 中国経済の停滞が顕著になることが日本企業の足かせになる --> ただ、権力を掌握している習近平氏が、「毛沢東時代」を古き良き時代とみなして、経済成長を軽視する考えを明らかにしている。 10年前に日本で発動されたアベノミクスは、米国基準では当たり前の金融財政政策に過ぎなかった。一方で、現在の中国当局は、経済政策の重要性をかつての日本の政治家と同様に理解せず、「清貧的な社会」が理想であるかのような幻想を抱いているのではないか。 であれば、先述のような金融財政政策の姿勢が変わるといっても、経済状況を安定させるに足る政策措置は行われないだろう。デフレを20年弱にわたり事実上放置してきた日本銀行が典型例だが、多くの官僚組織は無謬性の問題を抱えており、自己否定を意味する政策転換が実現するには政治リーダーの強い意志が必要になる。 つまり、習近平氏など権力者が、政策転換の必要性を認識しなければ、妥当な政策対応は行われない。この意味で、今後中国政府が「かつての日本の失敗」を正しく学ばないとすれば、米国から覇権争いを挑まれている中国経済は、2025年以降も停滞が避けられないだろう。 中国経済の停滞が顕著になることが日本企業の足かせになる点も、2025年の日本経済に対して筆者が楽観的になれないもう一つの理由である。 (本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)
2024.12.12