最新記事

中国経済

中国の金融監督当局を激怒させたジャック・マー アント上場延期は舌禍が招いた

2020年11月10日(火)11時00分

たしかに、より大きな構図でいえば、今年になって同国政府は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)でシステミックリスクが発生するのを予防するため、中国の金融セクターをてこ入れし規制も厳格化することを主要目標の一つにしていた。

実は、今回の馬氏発言が物議をかもす前から、アントがコストのかかる銀行規制を免れながら一連の金融サービスを幅広く展開していることに、当局が徐々に厳しい視線を向けるようになっていた。特にアントの収益源の1つで、急成長を続ける消費者向けオンライン融資事業への警戒感が高まっていた。

当局、行動に移る

そして今回の発言を受け、監視の目はさらに強まった。政府高官は人民銀や銀行保険監督管理委員会などに、アントの事業を洗いざらい調べるよう促した。馬氏が手広く展開したフィンテックサービスを抑制したがっていた当局は、習近平氏が信頼を寄せる経済助言役の劉鶴副首相らの書面の指令を受けて、すぐさま行動を起こしたという。

当局は今月2日、オンライン経由の小口融資事業、つまりアントに直接影響する部分の規制強化をねらった文書を急ぎ公表した。同事業を手掛ける企業に対し、銀行との共同融資額の最低3割分は自ら資金を出すよう義務付ける内容だ。アントのIPO目論見書では、同社が手掛ける融資は6月末時点で、そのわずか2%しかバランスシートに計上されていなかった。

関係者2人によると、アントや同社と競合するフィンテック企業の陸金所(ルーファックス)も含む中国の業界大手は、市中協議文書公表の何週間か前に、規制案の詳細を知っていた。

ルーファックスは10月末にニューヨーク市場で上場を果たし、24億ドルの調達に成功したが、これに先立って投資家には、中国の規制当局からオンライン融資規制強化の通達があったことを説明していた。

対照的にアントは、先週に行われた2回の海外投資家向け説明の場では、こうした規制強化の可能性に言及していなかった。同社広報担当者は、2日に市中協議文書が公表されるまで規制強化案の詳しい内容は把握していなかったと述べている。

消えた尊大さ

この市中協議文書公表後、馬氏とアントの幹部2人に呼び出しが掛かった。そして4つの規制当局が参加する異例の会合が開かれた。その場で、アントには、とりわけ消費者金融事業にとっては資本基準やレバレッジ比率といった事項で監視が厳しくなることが伝えられた。

当局は8月下旬以降に届け出られたIPO関連書類で、アントの融資事業の詳細が分かり、その規模やリスクの大きさに驚がくしたようだ。花唄や、個人向け短期無担保融資サービス「借唄」などを含むこの部門は、今年上半期のアント全体の収入の40%近くを占めた。

くだんの会合の翌日、上海証券取引所がアントのIPO延期を発表。理由として規制環境の「重大な変化」を挙げ、同社に対し香港上場も先送りするよう促した。

続いて中国証券監督管理委員会が、最近の規制変更がアントの事業構造と利益モデルに「重大な影響」を及ぼす可能性があると表明し、IPO延期は投資家と市場双方に対しての責任ある措置だと述べた。

IPO延期は、近年次第に悪化していった馬氏と規制当局の関係が究極まで冷え込んだことを物語る。

それでもアントは、規制を受け入れると約束する声明を公表した。

ガベカル・リサーチのアナリスト、アンドリュー・バストン氏は今週のリポートで「アントとしてはそうするほかに手はない」と述べ、あれほど尊大だった馬氏が今、謙虚な態度に変わってきているとの見方を示した。

[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2020トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます


【話題の記事】
・【調査報道】中国の「米大統領選」工作活動を暴く・反日デモへつながった尖閣沖事件から10年 「特攻漁船」船長の意外すぎる末路


20240521issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月21日号(5月14日発売)は「インドのヒント」特集。[モディ首相独占取材]矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディの言葉にあり

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中