中国の金融監督当局を激怒させたジャック・マー アント上場延期は舌禍が招いた
たしかに、より大きな構図でいえば、今年になって同国政府は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)でシステミックリスクが発生するのを予防するため、中国の金融セクターをてこ入れし規制も厳格化することを主要目標の一つにしていた。
実は、今回の馬氏発言が物議をかもす前から、アントがコストのかかる銀行規制を免れながら一連の金融サービスを幅広く展開していることに、当局が徐々に厳しい視線を向けるようになっていた。特にアントの収益源の1つで、急成長を続ける消費者向けオンライン融資事業への警戒感が高まっていた。
当局、行動に移る
そして今回の発言を受け、監視の目はさらに強まった。政府高官は人民銀や銀行保険監督管理委員会などに、アントの事業を洗いざらい調べるよう促した。馬氏が手広く展開したフィンテックサービスを抑制したがっていた当局は、習近平氏が信頼を寄せる経済助言役の劉鶴副首相らの書面の指令を受けて、すぐさま行動を起こしたという。
当局は今月2日、オンライン経由の小口融資事業、つまりアントに直接影響する部分の規制強化をねらった文書を急ぎ公表した。同事業を手掛ける企業に対し、銀行との共同融資額の最低3割分は自ら資金を出すよう義務付ける内容だ。アントのIPO目論見書では、同社が手掛ける融資は6月末時点で、そのわずか2%しかバランスシートに計上されていなかった。
関係者2人によると、アントや同社と競合するフィンテック企業の陸金所(ルーファックス)も含む中国の業界大手は、市中協議文書公表の何週間か前に、規制案の詳細を知っていた。
ルーファックスは10月末にニューヨーク市場で上場を果たし、24億ドルの調達に成功したが、これに先立って投資家には、中国の規制当局からオンライン融資規制強化の通達があったことを説明していた。
対照的にアントは、先週に行われた2回の海外投資家向け説明の場では、こうした規制強化の可能性に言及していなかった。同社広報担当者は、2日に市中協議文書が公表されるまで規制強化案の詳しい内容は把握していなかったと述べている。
消えた尊大さ
この市中協議文書公表後、馬氏とアントの幹部2人に呼び出しが掛かった。そして4つの規制当局が参加する異例の会合が開かれた。その場で、アントには、とりわけ消費者金融事業にとっては資本基準やレバレッジ比率といった事項で監視が厳しくなることが伝えられた。
当局は8月下旬以降に届け出られたIPO関連書類で、アントの融資事業の詳細が分かり、その規模やリスクの大きさに驚がくしたようだ。花唄や、個人向け短期無担保融資サービス「借唄」などを含むこの部門は、今年上半期のアント全体の収入の40%近くを占めた。
くだんの会合の翌日、上海証券取引所がアントのIPO延期を発表。理由として規制環境の「重大な変化」を挙げ、同社に対し香港上場も先送りするよう促した。
続いて中国証券監督管理委員会が、最近の規制変更がアントの事業構造と利益モデルに「重大な影響」を及ぼす可能性があると表明し、IPO延期は投資家と市場双方に対しての責任ある措置だと述べた。
IPO延期は、近年次第に悪化していった馬氏と規制当局の関係が究極まで冷え込んだことを物語る。
それでもアントは、規制を受け入れると約束する声明を公表した。
ガベカル・リサーチのアナリスト、アンドリュー・バストン氏は今週のリポートで「アントとしてはそうするほかに手はない」と述べ、あれほど尊大だった馬氏が今、謙虚な態度に変わってきているとの見方を示した。
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