最新記事

ニュースデータ

ひそかに進む日本社会の「階層化」

2015年8月11日(火)18時20分
舞田敏彦(教育社会学者)

 もちろんこれは個人の好みの差で、どちらが良いという問題ではない。しかし子どもの教育との関連で言うと、ある問題が提起される。学校で教えられる抽象的な知識に親しみやすいのは、どんな家庭の子どもか。先程の<図1>でいうと、おそらく右下に分布するホワイトカラー層の子弟だ。

 こうした家庭では、美術品や蔵書などが相対的に多くあり、それに囲まれて育った子どもは、学校の抽象的な学習内容への親和性も高いはずだ。結果として学校で良い成績を収め、親の「高い」社会的地位を継承しやすくなる。このような文化資本を媒介とした、親から子への地位の再生産過程を、ブルデューは「文化的再生産」と呼んでいる。日本でもこのような現象が実際に起こっていると考えられる。

 さらに、知見や視野を広げる「文化的な」体験をする子どもの割合も、階層によって異なっている。下の<図2>は、小学生の美術鑑賞と海外観光旅行の経験率を、家庭の年収別に見たものだ。

maita20150811-chart2-2.jpg

 両方とも、年収が高い家庭の子どもほど経験率が高い。美術鑑賞は、年収300万円未満の家庭では5.1%であるが、1500万円以上の家庭では28.6%にもなる。海外旅行は300万円未満の家庭で0.6%、1500万円以上の家庭では17.7%と、30倍近い差がある。こうした「体験格差」が、学校の成績の差となり、子どもの将来の地位に影響する可能性は否定できない。

 <図2>のような傾向は、収入差だけでなく、それ以上に保護者の文化嗜好の差の影響が大きいのではないだろうか。最近、子どもの学力格差の問題が取り沙汰されているが、家庭の経済資本だけでなく文化資本も要因となっていると考えられる。例えば、通塾費の援助のような経済的支援だけで、簡単に解決する問題ではない。

 現代の日本でもヨーロッパと同様の「差異」は存在し、それに由来する子ども世代の不平等が生じている。また今後移民の増加などで人口の多国籍化が進めば、問題はさらに複雑になる。様々な階層、文化的背景を持った子供たちの、文化的「差異」をどう埋めることができるかは、これからの学校教育で重要な課題になるだろう。

(資料:総務省『社会生活基本調査』〔2011年〕

<筆者の舞田敏彦氏は武蔵野大学講師(教育学)。公式ブログは「データえっせい」

≪この筆者の記事一覧はこちら≫

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マスク氏は宇宙関連の政府決定に関与しない=トランプ

ワールド

ECB、在宅勤務制度を2年延長 勤務日の半分出勤

ビジネス

トヨタ、LGエナジーへの電池発注をミシガン工場に移

ワールド

トランプ氏、米ロ協議からの除外巡るウクライナの懸念
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 2
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「20歳若返る」日常の習慣
  • 3
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防衛隊」を創設...地球にぶつかる確率は?
  • 4
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 7
    祝賀ムードのロシアも、トランプに「見捨てられた」…
  • 8
    ウクライナの永世中立国化が現実的かつ唯一の和平案だ
  • 9
    1月を最後に「戦場から消えた」北朝鮮兵たち...ロシ…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 2
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だった...スーパーエイジャーに学ぶ「長寿体質」
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    【徹底解説】米国際開発庁(USAID)とは? 設立背景…
  • 7
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 8
    イスラム×パンク──社会派コメディ『絶叫パンクス レ…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 9
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中