復活の鍵はアマゾン型 「サービス製造業」
ネスレを変身させたのも同じアイデアだ。ビジネス誌ファスト・カンパニーによれば、現在の同社はヨーロッパで最も多くのコーヒーを売っている。
コーヒー業界では長年、コーヒーメーカーの製造業者とコーヒー豆の販売業者は別々だった。ネスレはこの2つを一体化させ、しかも両方の分野で他社の上を行くことで、これまでにない体験を消費者に提供した。特殊ブレンドのコーヒー豆が入ったカプセルを宅配して、誰でも手軽に1杯分のエスプレッソを作れるようにしたのだ。
そのために開発されたのが、おしゃれなデザインで使いやすいコーヒーメーカー「ネスプレッソ」だった。だがネスレはそこにとどまらず、ネスプレッソ専用カプセルコーヒーの人気を高めようとした。同社はネスプレッソの専門店とオンラインのネスプレッソクラブを立ち上げ、会員向けのスペシャルブレンドを期間限定で販売している。
過去と決別したIBM
アマゾンとネスレは純粋なメーカーではないが、IBMは20世紀を代表するモノづくり企業だ。かつてのビジネスの主力は、デジタル時代の幕開けに貢献した大型メインフレーム・コンピューター。80年代からデスクトップマシンに軸足を移した。その後もパソコン事業を続けることは可能だったが、安価な外国製品の登場でパソコンの「コモディティー化」が進み、利益率は低下の一途をたどった。
そこで2000年代半ば、IBMは劇的な転換に踏み切る。04年、パソコン部門を中国メーカーのレノボに売却。ソフトウエアとシステム、外部記憶装置のストレージ・サービスにビジネス資源を集中させた。この分野で必要とされるコア事業は、モノづくりではない。代わりにIBMは「手持ちの武器」を使った。ノーベル賞受賞者を含む超一流の研究スタッフだ。
私は07年、研究陣と営業・販売チームが共同で顧客企業の問題に対処するIBMの手法をファスト・カンパニー誌で検証したことがある。IBMは顧客サービスとして「頭脳」を売っているのだ。ソフトウエアやシステムは、アイデアを実現するための道具にすぎない。
注目すべきなのは、頭脳や創造性は簡単に外注できないという点だ。IBMの業績を見ればよく分かる。今年のフォーチュン上位500社リストによると、昨年の売り上げは1000億ドルを超え、史上最高水準だった。
IBMの決断は、ソニーにとっても参考になる。彼らは過去の得意分野へのこだわりを捨て、不採算部門を躊躇なく切り捨てた。重要なのは、アップルと同じ土俵で勝負しなかったことだ。
IBMなら、アップル流のビジネスも十分に可能だったはずだ。だが彼らは代わりに自社の内部に目を向け、将来の鍵となる存在を探した。
IBMの場合、答えは「社内の人材」だった。過去に目を向け、社内が最も創造性にあふれていた時期と迷走の原因を見極めることは、ソニーにとっても重要かもしれない。
今のソニーが最初にやるべきなのは、従来の自己イメージと決別し、今後のビジョンを真剣に考えることだろう。
[2012年5月30日号掲載]