ジョブズはアップルに戻らない
テクノロジーおたくの面々は長年、アップルとジョブズがユーザーを子ども扱いし、マシンを能率的で使いやすい形に改良する代償として利用者の自由を奪っていると批判してきた。そうした不満は往々にして的を射ているが、アップルがこれだけ成功している以上、争っても無駄だろう。
アップルのライバル企業、とりわけグーグルが、すべてを自社で囲い込むジョブズ方式と正反対のアプローチを取っているのは事実だが、彼らもまたアップル方式を随所に取り入れている。例えば、市場に出回っているスマートフォン(高機能携帯電話)はすべて、アップルと同じく、一元化されたアプリケーションストアを介してソフトを配布している。また、モバイル機器のどのOSも、一般ユーザーの利便性を優先してファイルフォルダやデバイスドライバ、詳細設定を隠すか除外している。
マイクロソフトが直営の小売店を展開しはじめたのも、デルがパソコンの退屈なデザインとマーケティングの改革に巨額を投じているのも、ジョブズの手法の焼き直しだ。
アップル社内に浸透するジョブズの「バイブル」
だとすれば、ジョブズ不在でもアップルの未来を案じる必要はないのかもしれない。私は昨年、ジョブズの成功の秘訣を探るために多くのアップルの元社員に話を聞いた。彼らは、ジョブズが細部にまで徹底的にこだわった点が勝因だと口をそろえた。
IT企業の大半のCEOと違って、ジョブズは自ら、あらゆる主要商品の責任者を務めていた。技術者やデザイナーと毎週のように打ち合わせを重ね、大量の批評を浴びせた。彼は想像以上の完璧主義者であり、100%の自信がもてないかぎり、新商品を発表することはない。
アップルが第2のジョブズを見つけるのは難しいだろう。だが、ジョブズのビジョンがIT業界に広まったように、彼の思想は「バイブル」としてアップル社内に浸透している。ジョブズの右腕のティム・クックやフィル・シラー、ジョナサン・アイブ、スコット・フォーストールをはじめとするアップル幹部は皆、テクノロジーの未来に関するジョブズの考え方を熟知している。あらゆるものをよりシンプルに、より万人に使いやすく、IT業界の狭い常識からより自由にする、という姿勢だ。
初代マッキントッシュの開発チームで設計に携わったアンディ・ハーツフェルドが、自著『レボリューション・イン・ザ・バレー』で記したエピソードを思い出してみよう。マッキントッシュのデザインを検討する際に、ジョブズは突飛なアイデアを次々に繰り出した。最初はポルシェのような形を希望し、次はデパートで見かけたフードプロセッサ「クイジナート」に似たデザインを要求した。最終的なデザインはクイジナートとは程遠かったが、ジョブズが目指すものはチーム全員が理解していた。「他の何とも違うものが必要なんだ」と、彼は言い続けた。
あれから30年近く経った今、ジョブズはその理想を実現した。彼が世に送り出したマシンはクイジナートやポルシェと同じくらい人気があり、操作しやすい。
絶頂期に退場したいのなら、今こそ最高のタイミングだ。