最新記事

証券詐欺疑惑

ゴールドマンと顧客の歪んだ関係

米証券取引委員会の訴状で明らかになった強欲ウォール街のあきれた手口

2010年5月20日(木)15時10分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

すべては顧客のために。これがウォール街に君臨するゴールドマン・サックスのモットーだ。だから米証券取引委員会(SEC)が4月16日、証券詐欺罪で同社を提訴すると、同社は当然のごとく事実無根と反論し、徹底的に争う構えを示した。

 私は証券法のプロではない。だが同社弁護団が法廷で、ゴールドマンは顧客のために働いただけだという主張を軸に議論を展開するだろうことは容易に想像できる。

 いつだって自己利益を追い求めているゴールドマンが、それもすべては顧客のためだとおっしゃる。確かに、同社の経営理念の第1条には「ビジネス遂行上最優先すべきは、顧客の利益である。ビジネスの成功は、顧客への貢献への結果、得られるものであり、これはわが社の発展の歴史を見ても明らかである」とある。

 決算報告と共に株主に送った書簡には、私が数えたところ「顧客」という語が56回登場していた。「すべては君のため」と歌ったのはミュージシャンのブライアン・アダムスだが、ゴールドマンも「すべては顧客のため」と繰り返す。株主宛の書簡には「機関投資家を中心とする顧客のために、当社は助言者や資金の供給者、市場の作り手、資産の管理人、そして共同投資家としての役割を果たします」とある。

 ゴールドマン・サックスはなぜ、政府が提供した低利の資金や政府保証の付いた債務を使って投機やヘッジを行ったのか。株主宛の書簡によれば、「当社が取るリスクや生み出す利益の大部分は、顧客のニーズないし目的を推し進める取引に由来する」そうだ。

 保険最大手のAIGからクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の購入という形で損失保証を受けた(結果的にはAIG救済に投じられた税金で支払われた)理由については、こう説明している。「それは同じ取引で顧客が行う反対取引のリスクを回避するために設計された。こうすることで当社は、顧客が具体的な投資スタンスを示すのを助ける上で仲介者の役割を果たした」

顧客とカモは紙一重

 門外漢には理解し難い文面だが、要するにゴールドマンとて所詮は顧客の操り人形にすぎないと言いたいらしい。

 とはいえ、顧客とカモは紙一重なのがウォール街の常。同社とて、常に顧客の利益を最優先してきたわけではなさそうだ。サブプライムローン(信用度の低い個人向け住宅融資)関連商品の危険に気付いてからも同社が顧客に売り続けていた、との指摘もある。

 また英紙フィナンシャル・タイムズは16日付の記事で、ゴールドマンの運営する18億謖規模の不動産ファンドの価値が05年以降、98%も下落したと報じている。ゴールドマンも自己勘定で投資していたから大損をしたが、顧客に損をさせる一方で何千万謖もの手数料を稼いでいたのも事実だ。

 16日付のSECの訴状は、同社が一部の顧客を明らかにえこひいきしていたことを指摘している。

 SECによれば、同社は有力顧客であるヘッジファンド「ポールソン・アンド・カンパニー」の強い要請を受けて債務担保証券(CDO)を組成し、それを細分化して他の顧客に売っていた。

 ポールソンがゴールドマンにCDOを組ませたのは、空売りするためだったらしい。同社はこのCDOに含まれるローンが高い確率で焦げ付き、その大部分の価値が失われると予想していた。

 分かりやすく言えば、開発業者(ポールソン)が建設会社(ゴールドマン)に分譲マンションの建設を委託し、一方でそれが倒壊した場合の損失を保証する保険を買っていたに等しい。

「欠陥住宅」と知りながら

 それだけではない。彼らの計画はさらに手の込んだものだった疑いがある。SECによれば、ゴールドマンはポールソンおよび「ポートフォリオ選定代理業者」のACAマネジメントと組んで、故意に欠陥だらけで標準以下の「建築資材」を使ってマンション(CDO)を建てていたらしい。

 SECは、ACAがゴールドマンの監督の下、ポールソンが選定した担保証券をCDOに組み込んだ証拠をつかんでいる。そしてゴールドマンは、このマンション(CDO)の欠陥や危険性を説明せずに一般の顧客に「分譲」していたという。

 狙いは当たった。ゴールドマンは欠陥CDOの組成・販売手数料で大儲けし、有力顧客のポールソンもその空売りで大成功を収めた。一方で、その他の不運な顧客(細分化されたCDOを購入した複数の銀行)は大損した。

 ゴールドマン会長のロイド・ブランクファインに言わせると、投資銀行はひたすら顧客に奉仕するのが役目であり、後は「神の御業」に従うのみだという。名言だが、補足が必要だ。その神の名は「強欲」である、と。
    
Slate.com特約

[2010年4月28日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中