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アメリカ経済危機に立ち向かう新・サマーズ経済学
規制緩和推進派だった超エリート経済学者が、宗旨替えしてオバマ政権の経済顧問チームを率いる
オバマ政権の経済政策を主導するサマーズ Molly Riley-Reuters
経済再生プランを練るローレンス・サマーズ元財務長官は、今や政府の市場介入を推進する立場になった。傲慢な態度も少し丸くなったように見える。本当にサマーズは変わったのだろうか。本誌独占会見と周辺への徹底取材で探る。
ホワイトハウスのルーズベルトルームには、大恐慌時代に大統領に就任し、ニューディール政策を進めたフランクリン・ルーズベルトの肖像が掲げられている。その肖像の下のソファに、ローレンス・サマーズ(54)はいささか疲れた顔で座っていた。徹夜して難問を解いた教授といった風情だ。
バラク・オバマ大統領の下で国家経済会議(NEC)委員長を務め、自動車産業救済などで「大きな政府」路線を突っ走るサマーズ。だが10年前まではクリントン政権の閣僚として「市場の自由」の錦の御旗を振っていたはずだ。
いったいどこで、なぜ宗旨替えしたのか。無遠慮に質問する本誌記者に、サマーズはなんとも忍耐強いところをみせた。
まず引き合いに出したのは、ケインズの言葉だ。ケインズ理論はニューディール政策の土台となり、オバマの景気刺激策にも受け継がれている。「一貫性のなさを批判されたとき、ケインズは言ったものだ。有名な言葉だ。『状況が変われば私は意見を変える。さて、君ならどうするかね』」
賢明な人間は硬直したイデオロギーにとらわれず、時代の変化を鋭く読み取り、臨機応変にやり方を変えると言いたいらしい。
実のところ、サマーズは決して筋金入りの自由市場主義者ではない。クリントン政権末期に財務長官を務めたときも、悪質な高金利ローンの規制に乗り出した。
それに、当時はまだ今ほど複雑怪奇な金融商品がたくさん出回ってはいなかった。サマーズは言う。「自分が規制緩和の旗手だったとは思わない。きちんと先を見通せていたとも言わないが」
昨年春から夏にかけて、サマーズは伝統的な金融政策(政策金利の上げ下げや通貨供給量の調節など)では迫りくる危機を回避できないと判断。フィナンシャル・タイムズ紙への寄稿で政府の迅速な介入が必要だと訴える一方、民主党の大統領候補だったオバマに経済政策をレクチャーした。そのレクチャーがあまりに素晴らしかったので、オバマは大統領に当選するとすぐ、サマーズを経済顧問に迎えたのだ。
頭のよさをひけらかす自信家との批判も
サマーズはオバマの脇を固める「ベスト・アンド・ブライテスト(最も優秀な人々)」のなかでもおそらく最も優秀な頭脳の持ち主だろう。オバマはハーバード大学やエール大学の卒業生のような超エリートを集めた。これほど知能の高いメンバーがそろったのはケネディ政権以来ではないか。
ジョン・F・ケネディは、34歳の若さでハーバードの学部長に選ばれたマクジョージ・バンディのような人材を政権に迎え入れた。国家安全保障担当の大統領補佐官を務めたバンディは頭脳明晰ではあっても、必ずしも賢明ではなかった。彼はケネディーとその後を継いだリンドン・ジョンソン大統領にベトナムへの介入を深めるよう助言したのだ。
61年のケネディ政権発足にあたり、ハーバード大学の出身者が政権中枢を固めるのを見た下院議長のサム・レイバーン(民主党)は、「このなかに、1人でいいから地元で保安官になりたいと思った男がいてほしいものだ」と苦言を呈したとか。
16歳でマサチューセッツ工科大学に入学し、28歳のとき史上最年少の若さでハーバード大学教授になったサマーズ。そんなエリート学者のホワイトハウス入りを、レイバーンならどう思うだろう。
クリントン時代のサマーズは、財務長官のロバート・ルービンをしっかり補佐し、ルービンの辞任後はそのポストを継いだ。その後、象牙の塔に戻り、ハーバードの学長を5年間務めた。
超のつくエリートは反発を買いがちだが、サマーズも例外ではなかった。ことあるごとに批判され、誤解・曲解されることもしばしばだった。だから、今は表情もガードも固くなった。
人の意見に耳を貸さない自信家と言われているが、本人によれば、人の話はちゃんと聞いているそうだ。ただ、ついつい退屈そうな顔やイライラした表情を浮かべてしまうから、傲慢な印象を与えやすい。たしかに自信家とはいえ、かわいげもあるのだが、場合によってはただ無神経なだけの人間と思われてしまうようだ。
サマーズにまつわる逸話は多い。クリントン政権の経済顧問の1人で、後にFRB(連邦準備制度理事会)の副議長も務めたプリンストン大学の経済学者アラン・ブラインダーは、90年代末にアジア向け大型投資の自由化をめぐって、サマーズと激論を戦わした。
「周知のとおり(サマーズは)非常に頭がよく、それをひけらかす男だ。論争では彼にかなわず、自由化慎重論の私は引き下がらざるを得なかった」
ハーバードの学長に就任してからも、サマーズの鼻っ柱の強さは変わらず、その強引なやり方が教授会の反発を買い、06年には辞任に追い込まれた。理数系にトップクラスの女性研究者が少ないのは「性差」ゆえではないかと発言し、内外の批判を浴びたことが直接の原因だった。
ただの無神経ではすまされないような逸話もある。98年3月、クリントン政権の商品先物取引委員会(CFTC)委員長だったブルックスリー・ボーンのもとに、サマーズ(当時は財務副長官)から電話があった。どうやら猛烈な勢いでボーン(女性)を怒鳴りつけたらしい。当時の部下のマイケル・グリーンバーガーによれば、受話器を置いたボーンは「真っ青になっていた」という。
デリバティブ規制の提案をつぶした過去
その数週間前に、ボーンはデリバティブ(金融派生商品)の規制を検討すべきだと政権中枢に訴えていた。この控えめな提言が、超エリート男の逆鱗に触れたようだ。
ルービン財務長官とアラン・グリーンスパンFRB議長、それにサマーズは、わずかでも規制の動きがあれば、デリバティブ取引はすべて外国の市場に逃げてしまい、米経済は大きな痛手を受けると警戒していた。サマーズの電話は、ボーンに提言の取り下げを迫るものだったと、グリーンバーガーは言う。
当時、証券取引委員会(SEC)の委員長だったアーサー・レビットは、デリバティブの規制についてはボーンが正しく、ルービン、グリーンスパン、サマーズのほうがまちがっていたとはっきり認める。「あらゆる悲劇の前には警告がなされるものだ。しかし私たちは、ボーンの警告に耳を貸さなかった」
サマーズに言わせると、彼自身は一定の規制が必要と考えていた。「ただしルービン長官やグリーンスパン議長、それにSECのレビット委員長は、CFTCの提案したような規制は効果がなく、それ自体が市場に大きなリスクをもたらすと強く懸念していた」
「今にして思えば(危機が起きる前に)より強固な規制が適切だったことはまちがいない」と、サマーズは言う。「今は現実の事態に基づいて、経済学の理論を大きく書き換えていく必要がある」
だからサマーズも、この1年で金融規制強化主義者へと変身した。政権入りする直前、フィナンシャル・タイムズに寄稿した最後のコラムには「市場の行きすぎやまちがいを補うために、今こそ政府の関与を強めるべきだ」と記している。
変わったのは信条だけではない。傲慢な態度にも変化が見える。「年を取れば、人間は誰だって少しは丸くなるものだ」とサマーズ。謙虚になったのは「事態が深刻すぎて、誰にも確かなことがわからないせいかもしれない」とも言う。
オバマ政権で同僚となった面々もサマーズの変化を認める。「決して謙虚なタイプとは言えないが、意見を言うとき『まちがっているかもしれないが』と前置きするようになった。経済政策についても、この困難な状況では誰にでもまちがいはあると感じているようだ。昔の彼ならありえない」と、経済諮問委員会のクリスティーナ・ローマー委員長は言う。
サマーズは、オバマにはすっかり気に入られているようだ。ローマーによれば「サマーズはよく『これとこれに関しては83%自信がある......』といったように、物事への確信の度合いをパーセントで表す。オバマはそれをまねて『それは83%確かなのか? それとも82・5%止まり?』とからかう」らしい。
サマーズは毎日のようにオバマと話す機会がある。大所高所から経済状況を分析し、説明する能力はティモシー・ガイトナー財務長官よりも高いとされる。そのガイトナーとサマーズは良き友であり、テニス仲間でもある。2人の間に軋轢があるとしても、まだ表面化していない。
しかし、仕切り屋のサマーズを独走させてはまずい。だからオバマは、30年前の深刻な経済危機を見事に乗り切った元FRB議長のポール・ボルカーを呼び戻し、新設の「経済再生諮問会議」の議長に据えた。
サマーズも、一応は長老たちの復帰を歓迎している。ただし、あくまでも「外部顧問団」であり、政策立案の場ではないとクギを刺すのも忘れていない。
サマーズは本当に変わったのか。クリントン政権で経済顧問と世界銀行の総裁を務めたジョセフ・スティグリッツは懐疑的だ。
90年代、2人は犬猿の仲だった。スティグリッツは世界の資金の流れをもっと規制したいと考えたが、サマーズは「ルービン、サマーズ、グリーンスパン」流の自由市場論で対抗し、「気に入らない意見は無視」したという。
スティグリッツによれば、オバマ政権でもかつての規制緩和派が経済分野の要職を占める。SECのメアリー・シャピロ委員長もCFTCのゲーリー・ゲンスラー委員長も、かつてルービンの下で働いていた。
危ない銀行の国有化を含め、今回の危機を乗り切るには政府の一段の介入が必要だと論じる経済学者もいる。だがサマーズはむしろ、規制強化の行きすぎを防ぐことに軸足を置いているようだ。「サマーズは筋金入りの市場主義者だ。最終的には規制緩和を言い出すだろう」と、サマーズの古い友人で政治コンサルタントのデービッド・ガーゲンは言う。
最大の勝負どころは社会保障の見直しか
サマーズは本当に変わったのか。確かに、以前より他人の意見を聞き、他人とうまくつき合うすべを身につけた兆しはある。
キャロル・ブラウナーがクリントン政権の環境保護庁長官だったころのこと。環境保護政策を進めるブラウナーに対して、サマーズは「経済成長の足を引っ張る」と反対していた。
しかしブラウナーがオバマ政権に新設されたエネルギー・気候変動・環境政策調整官の職に就き、オバマ自身が環境派を自任する今、サマーズは彼女と密接に協力し合い、少なくとも今のところはうまくいっている。
議会に対して政府の景気刺激策を売り込むときにも、熟練した政治家として振る舞った。ときに筋違いな主張もする議員たちの声に、辛抱強く耳を傾けた。
「彼は話を聞いてくれる。ほかの政権幹部よりいい」と、上院財政委員会を率いるマックス・ボーカスは言う。「よく我慢して、すべての質問に答えていた」。民主党議員たちの集まりに、ガイトナーやピーター・オルスザグ行政管理予算局長らとともに出席したときも、景気刺激策を説明するサマーズの語り口は「とても明確で、元気づけられた」とボーカスは評価する。
10年前とは大違いだ。当時のサマーズは、かつてディベートの全米チャンピオンとして鳴らしたように、大物議員の要求も地面に落ちた枯れ葉のように踏みつけた。だがナンシー・ペロシ下院議長の報道官ブレンダン・デイリーに言わせると、今のサマーズは「自分がしゃべるより聞き役に回ることが多く、『自分にもすべての答えがあるわけじゃない』と言えるようになった」。昔のサマーズと比べたら、まるで別人というわけだ。
2月10日、ガイトナー財務長官が発表した新金融安定化策は金融業界を失望させた。業界関係者はもとより、国民も具体性に欠けると評価した。銀行国有化の危機を公に認めたくなくて、ガイトナーがわざとあいまいな表現にとどめたとする見方もある。
本誌の取材で、サマーズはこの見方を否定し、今はまだ銀行の体力を測定し、危機の深さを慎重に見極めている段階だと反論した。だが謙虚な側面も見せた。オバマ政権は市場の期待にもっとうまく対処できたのではないかと突っ込まれても、あえて反論はしなかったのである。
サマーズの真価が問われるのは、公的年金の支給額削減や低所得者・高齢者向け医療保険の自己負担率引き上げなど、社会福祉分野の改革を議会に売り込めるかどうかだろう。
サマーズは本誌に、社会保障も聖域ではないことを議会に認めさせると語った。政治家は二の足を踏むだろうが、やらなければならない。アメリカがこのまま支出と借金を増やし続ければ、いずれ金利が上がって、再び景気が落ち込むことになる......。
状況が変わったのだから意見を変えてくれ──サマーズはそう言いたいのだろう。でも、ケインズ(や昔の自分)ほど傲慢な言い方にならぬよう気をつけて。
[2009年3月 4日号掲載]