最新記事

「偽りの安定」が終わるとき

中東革命の軌跡

民衆が次々と蜂起する
中東の地殻変動を読み解く

2011.05.17

ニューストピックス

「偽りの安定」が終わるとき

命の危険を冒して帰国したエルバラダイが語るエジプト強権政治の真実とアメリカの罪

2011年5月17日(火)20時06分
モハメド・エルバラダイ(国際原子力機関〔IAEA〕前事務局長)

 エジプトで2カ月前に行われた人民議会選挙はまったくの八百長だった。ホスニ・ムバラク大統領率いる与党が圧勝し、野党勢力の獲得議席はたった3%。信じられないことだ。この結果に「失望した」とアメリカ政府は述べた。正直言って、私はアメリカが「失望した」としか言えなかったことに失望した。

 チュニジアの「ジャスミン革命」に続いてエジプトで反政府デモが拡大するなか、ヒラリー・クリントン米国務長官はエジプト政府が「安定していて」「国民の正当な要望と関心に応える方法を探している」と語った。これを聞いて私は驚き、困惑した。彼女は何をもって「安定している」と言うのか。

実は多様なエジプト社会

 30年間も続く非常事態法と大統領の強権政治、形ばかりの議会と独立していない司法制度の国が「安定」しているというのか。ほかの国で同じ状態がまかり通ることは絶対にない。エジプトにあるのは偽りの安定だ。

 これこそがアメリカが中東で信頼を勝ち得ていない理由だ。アメリカは自分たちの利益にかなうからと独裁政権の味方をしている──人々はそう考えている。私たちは社会の分裂、経済の停滞、政治的弾圧を目の当たりにしている。だがアメリカ人は何の声も上げてくれない。それはヨーロッパの人々も同じだ。

 エジプト政府は国民の要求に応えられる道を模索している、と言う人には「遅過ぎる」と言いたい。チュニジアで起きたことや、その前にイランで起きたことを見れば、国民が自由な選挙で選んだ政府でない限り安定は得られないと普通は気付く。

 欧米の人々は、アラブ世界には独裁政治かイスラム教のジハード(聖戦)主義しか選択肢はないと信じ込まされている。それはまったくの間違いだ。エジプトには非宗教的な人、リベラルな人、市場経済を重視する人など実に多様な人間がいる。彼らは心から世界の国々に追い付きたいと考えている。

 反体制派のイスラム教徒を国際テロ組織アルカイダと同一視するのでなく、もっとよく見てほしい。歴史を振り返ると、イスラム教は創始者ムハンマドの死後20〜30年で政治利用され始めた。支配者には絶対的な権力があり、神に対してのみ責任を負うと解釈されるようになったのだ。支配者にとっては実に都合の良い解釈だ。

 ほんの数週間前、エジプトの超保守的なイスラム教団体の指導者がファトワ(宗教令)を出した。ムバラク大統領に対する民衆の反感をあおったことを「ざんげ」せよと私に求め、さもなければ支配者には私を殺す権利があると断じた。私たちを暗黒時代へ押しやるこうした動きに対して、エジプト政府が抗議や非難の声をひとことでも上げただろうか。答えはノーだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

計145%の対中関税の撤回にオープンでない=トラン

ビジネス

FRB金利据え置き、インフレと失業率上昇リスクを指

ワールド

特定の関税免除を検討も、物事はシンプルにしたい=ト

ワールド

モスクワ州上空でウクライナのドローン2機撃墜、戦勝
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 9
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 10
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中