最新記事

欧州の新リーダー、メルケルの憂鬱

ソブリンリスク危機

アメリカや日本にも忍び寄る
ギリシャ型「政府債務信用不安」の実相

2010.07.05

ニューストピックス

欧州の新リーダー、メルケルの憂鬱

欧州最大の経済を率い、金融危機を水際で食い止めているドイツ首相。だが経済や安全保障の「現状維持」を求める国民のために、EUが必要とする指導的役割を避け続けている

2010年7月5日(月)12時07分
シュテファン・タイル(ベルリン支局)

 債務にあえぐヨーロッパの国々をのみ込みつつある危機が、EU(欧州連合)内の深い亀裂をあらわにしている。特に欧州単一通貨ユーロ圏16カ国の間の溝は深刻だ。

 ギリシャが債務不履行に陥るのではないかという不安は、3月に入りスペインに飛び火し始めた。ギリシャよりはるかに大規模なスペイン経済は、20%に達する失業率、長引く不況、GDP(国内総生産)の約12%に達する財政赤字という悪循環に陥っている。

 ポルトガル、アイルランド、イタリアも似たような状況だ。フランスやドイツなどEUの裕福な国々は、苦しむ隣人たちに直接の金融支援をするつもりがない。

 先行きが見えず、財政危機がさらに広まるのではないかという不安から、ユーロはわずか3カ月の間に対ドルで10%値を下げている。アメリカの増大する財政赤字を考えれば、ドル自体が安定しているとはとても言えないのだが。

 最終的にはEUの安定そのものを揺るがしかねず、本物のリーダーシップが切に求められている。EU官僚は役に立たない。「EU憲法」のリスボン条約が09年12月にようやく発効して新しい体制が誕生したが、まだ新しい理念と方向性を示せずにいる。

 代わりにジョゼ・マヌエル・バローゾ欧州委員会委員長と初代EU大統領(欧州理事会常任議長)ヘルマン・ヴァンロンプイの間で新しい縄張り争いが生まれ、ヨーロッパのリーダーシップの空白を長引かせている。その役割をこなせるのは、国際的な合意を形成する能力のある強力な国家指導者しかいないことは明白だ。

 この危機的状況に注目を一身に集めているのが、アンゲラ・メルケル独首相。メルケルの評価が高まっているのはヨーロッパ最大の経済国を率いているからだけでなく、昨今の景気後退も(今のところ)雇用を大幅に減らすことなく耐えて、西側の主要国で財政赤字が最も少ないからでもある。

満たされた大国として

 冷静で現実的なメルケルは、対立関係をさばいて合意を打ち出す才能を実証してきた。現時点で彼女にかなう指導者はいない。ニコラ・サルコジ仏大統領は予測不可能で落ち着きがない。ゴードン・ブラウン英首相は事実上の「死に体」で、スペインのホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロ首相は自国の危機でそれどころではない。

 最も重要なのは、ドイツ経済がEU域内の貿易とユーロの恩恵をどこよりも受けていることだ。EU経済が無傷のまま安定と繁栄を持続することは、ドイツにとって重大な国益に関わる。

 問題は、メルケルにもドイツにも、先頭に立とうという機運がほとんどないことだ。東西統一から20年、ドイツは満たされた内向き思考の大国となり、現状維持を何よりも大切にするようになった。

 メルケルは継続を約束することで第二次大戦以降のドイツで最も人気のある指導者となり、変化と改革の回避を公約して09年の総選挙で再び勝利した。しかしドイツの現状維持を脅かす問題は増えており、ギリシャの危機もその1つにすぎない。どれだけ外向きの積極的な対応が緊急に求められても、実験的な試みはしないことをドイツは信条にしてきた。

 一見すると、メルケルが深入りしようとしないのも無理はない。これまでEUがドイツに指導力を求めるときは決まって、ドイツに金を払わせるためだった。実際、ヘルムート・コール元首相はそのビジョンと小切手でヨーロッパの統一を後押しした。

 しかしメルケルの世代の指導者にとって、ヨーロッパの統一はもはや戦争と平和の問題ではなく、20世紀の戦争の歴史から生まれた倫理的義務でもない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック上昇、トランプ関税

ワールド

USTR、一部の国に対する一律関税案策定 20%下

ビジネス

米自動車販売、第1四半期は増加 トランプ関税控えS

ビジネス

NY外為市場=円が上昇、米「相互関税」への警戒で安
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中