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柳井正、小沢一郎、二宮和也まで
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渥美清(1928-1996)
「寅さんのような自由をどこかで人は欲しているんですよ」
[1988年1月21日号の掲載記事を2006年2月1日号にて再録]
世界的に有名な日本の映画監督といえば、黒澤明に小津安二郎。だが実は、山田洋次監督の寅さん映画も海外に着実にファンを増やしている----本誌がそんな特集を組んだのは、『男はつらいよ』シリーズ39作目が公開されていた88年1月だった(この年、ウィーンにはファンクラブが誕生し、41作目では欧州ロケが実現)。主演の渥美清が松竹・大船撮影所で、本誌デーナ・ルイスに寅次郎の普遍的な魅力を語った。
外国の人がこの映画をどう受け止めているかっていうのは、僕らにはよくわからないですね、正直言って。飛行機の中で上映されて、見る人がけっこう楽しんでいるという話は聞きますけれど。
ただ僕が漠然と思うのはね、日本にかぎらず外国でも最近、家族制度がいろんな意味で非常に重要視されるようになりましたよね。おじいさんとおばあさんを囲んで、お父さん、お母さんがいて、お兄ちゃん、妹がいる。そういう家族の時代をもう一度見直そうという風潮が世間にあるのでしょう。
ですから余計にね、そういった家族制度の拘束みたいなものから抜け出して、家庭も顧みず、門限も連絡もいっさい必要ない、一度飛び出したらあとはもう自分だけという、寅さんのような自由をどこかで人は欲しているんですよ。
そして放浪に疲れて寂しくなって帰ってきたら、また自分を受け入れてくれる家庭があるのがいちばんいいと。これは本当にわがままな理想ですよね。でも、色の白い人も黄色い人も、そこらへんのところは変わらないと思うんです。
このあいだ東京国際映画祭で『シルビーの帰郷』という映画を見たんですが、これが言ってみれば「おんな寅さん」なんですね。
家を出て放浪していたシルビーという名前の変てこりんな叔母さんが、久しぶりにひょっこり家へ帰ってくる。と、そこに幼い姪っ子の姉妹が2人いる。帰ってきた叔母さんを見ているこの2人の姉妹の視点から描いた映画なんです。
観客は少なかったけれども、僕は非常に面白くて、「なるほど、こういうふうに家庭なんてものから離れて生きたい、家庭の煩雑さみたいなものが嫌になったときには、ある日かばんを持ってふらっと消えていきたいっていうのは誰にでもあるんだなあ、どこの国でも」という感じがしましたね。
寅さんは雪駄を履いているでしょう。つま先の指でスッとこの雪駄を引っかけて、サッと街道を歩いて、ものごとを簡便にすませてしまうという、そこに寅の身上があると僕は思うんですよね。
実は俳優をやる前にね、僕は船乗りになりたかったんですよ。それが戦争中に軍需工場へ行って、飛行機や何かをつくらされたために、船乗りになる機会がなかった。現在方々を旅して回っているのは、いま大人になってから夢を満たしているってことでしょうかねえ。
海外からのファンレターはよくもらいますね。「楽しい男だと思った、なんとなくほっとした。ブラジルへ来い。おまえがブラジルへ来たら、俺は歓待するであろう」とかね。
外国の映画の人と共演しないかという話も来ますけど、日本っていうのは、外国のものっていうとそれでもってごまかせる部分があるでしょう。ですから、その手の話にはいっさい乗らないみたいなところが僕にはありますね。