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金融用語の危険すぎるまやかし
「グロス記者は、米財務省が銀行の不良債権を聞こえのいい『レガシーローン』に呼び変えた瞬間を見逃さず、金融用語の言い換えに隠された意図と危険を警告した。金融危機の再発を防ぐためにも言葉の監視がいかに大事かを教えてくれる記事」(本誌・千葉香代子)
不良債権を「レガシーローン」と言い換えても深刻さは変わらない
イギリスの小説家ジョージ・オーウェルは46年に発表した不朽のエッセー『政治と英語』で、政治の言い回しは「嘘をもっともらしくして」「完全な空論に見せ掛けの信頼を与える」ものだと非難した。オーウェルが生きていたら、今日の金融用語に関する続編を書かずにはいられなかっただろう。
「劣後抵当権」に「債務担保証券」。銀行の帳簿を化膿させているこれらの不良資産は、米財務省が3月23日に発表した金融機関の救済計画でそれぞれ「レガシーローン」「レガシー証券」と称された。レガシー(遺産)というと、思慮深い人々が長年、堅実に積み重ねてきた価値ある財産のようだ。
「金融大虐殺」を引き起こしているものをレガシーと呼ぶなんてクレージーだと、カリフォルニア大学バークレー校のジョージ・レイコフ教授(認知言語学)は言う。「レガシーという言葉は基本的に肯定的な意味を持つ」
それ以上に狡猾なのは、この言葉がしばしば非難をかわすために使われることだ。金融問題の「レガシー」とは、言葉の上では前政権から持ち越されたもの。専門家の話からするとレガシーの起源はインド・アーリア語で、要するに「私のせいじゃない。会社は数十億謖を失ったが、私は今年のボーナスをもらう権利がある」というような意味になるらしい。
米自動車業界の(もはやあまりビッグでない)ビッグスリーは、負担し切れなくなった退職者への年金や保険は過去の経営陣の「レガシーコスト」だと繰り返す。シティグループのビクラム・パンディットCEO(最高経営責任者)は2月に、「今年最初の2カ月は利益を挙げ、07年第3四半期以来の好成績だ」と従業員に語った。
「有毒・不良・遺産」という響き
利益? 栄養チューブで数十億ドルの税金を送り込まれているシティが利益を挙げるには、過去の融資が生み続ける損失を無視しなければならない。つまり「レガシー銀行家」が生んだ「レガシーローン」を無視するのだ。
この新しい枠組みにおいて、遺産と称されるものの実体は重荷だ。なのに潜在的損失が潜在的利益のように解釈される。「戦争は平和だ」と言うようなものだ。
金融危機に関する従来の専門用語は痛烈だった。「『有毒』という言葉はかなり否定的で大げさだ」と、オックスフォード英語辞典の総合監修を務めるジェシー・シャイドラワーは言う。昨年よく使われた「有毒な資産」という言葉には、人々を震え上がらせて行動させようとする意図もあった。
「有毒」と「遺産」の中間が、08年秋に財務省が発表した「不良資産救済プログラム(TARP)」。窮地に陥った住宅ローンを「不良」と呼ぶのは、悪名高いカルト集団のリーダーだったチャールズ・マンソンを「不良」と呼ぶようなものだろう。
過去30年の金融改革の大半は、実際は既存のものに新しい説明を加えただけだった。80年代にリスクの高い債務を「ジャンク債」と言い換えたのは、意図的な皮肉だった(専門家は実際に価値があると知っていた)。しかし90年代にジャンク債が主流になると、高利回り高リスクの「ハイイールド債」と名前を変え、負債が資産となった。
証券化ブームの思わぬ誤算
90年代のモルガン・スタンレーでは、似たような金融商品を説明するために「いつも頭文字の組み合わせをひねり出していた」と、かつてはデリバティブ(金融派生商品)のトレーダーで現在はサンディエゴ大学で法律を教えるフランク・パートノイは言う。疑わしいものもある金融商品を、より好ましく見せるためだ。