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米医療保険改革
オバマ政権の「国民皆保険」構想に
立ちはだかるこれだけの難題
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ベビーブーマーという重荷
子供の未来も高齢者の権益も守るとオバマは言うが、それは不可能だ
「子供たちのために○○しよう」――政治家が使う決まり文句のなかでも、これほど人々の心を動かす言葉はないだろう。子供たちの将来の幸せのために、いま私たちが犠牲を払うべきだという言葉は道徳心に強く訴えかける。
だからこそ多くの政治家がこの手の公約を掲げる。バラク・オバマも同じだ。「子供たちの未来を抵当に入れないために歳出を抑制すべきだ」と大統領選挙中、彼は繰り返し訴えた。1月15日のワシントン・ポストとのインタビューでも、彼は社会保障や医療保険の制度改革をあらためて公約した。
だが悲しいかな、政治家が常に有言実行だとはかぎらない。
オバマ政権下で、世代間の緊張や対立が起きるのは避けられない。アメリカ社会は高齢化しつつあるからだ。65歳以上の高齢者は1960年には11人に1人だったが、現在は8人に1人。2030年までには5人に1人に増えると予想されている。
だが高齢化社会では、若者より高齢者が政治的に優遇されるということは意外と認識されていない。アメリカ社会は今、未来ではなく過去に投資するというリスクを冒そうとしている。
アメリカの自動車産業の窮状をみれば、それがいかに危険なことかがわかる。ビッグスリー(米自動車大手3社)は以前から、退職者にかなりの額の年金を支給し、その医療費の一部も負担してきた。だがこうしたコストは経営を圧迫し、若い労働者が犠牲に。退職者を守るために若い世代の賃金や福利厚生が減らされた。
同じように、今後退職するベビーブーム世代に向けた公約をオバマが実行すれば、そのコストは社会を圧迫しかねない。増税が行われ、政府のプロジェクトの足を引っ張り、長期的な経済成長の鈍化を招く可能性もある。ここでもツケを払わされるのは若者だ。
若者の稼ぎが高齢者に
高齢者のための3大制度である社会保障制度とメディケア(高齢者医療保険制度)とメディケイド(低所得者医療保険制度)にかかる費用は、連邦政府の歳出総額の5分の2を占める。08年度は1兆3000億ドルだった(歳出総額は2兆9800億ドル。ちなみに防衛関係費は総額で6130億ドル)。
近い将来、ベビーブーム世代が大量退職して3大制度のための支出が増えれば、連邦税の大幅な増税もありうる。政府のプロジェクトを減らすという手もあるが、コスト増に見合うだけのカネを捻出するには防衛費の大半か、その他の国内向けプロジェクトの大半を削らなければならない。
職員の大量退職を控えた州や地方自治体も同じような問題をかかえている。将来のコスト増にそなえて毎年十分な額を積み立てればショックは緩和できるが、それは一部でしか実行されていない。
もう一つ問題がある。オバマが公約した医療保険の財源がほとんど確保できていないことだ。今後、若者たちの稼ぎは高齢者に吸い取られることになる。社会保障やメディケアや年金などの給付額は法律で定められているから、法改正がないかぎり決まった金額が支出される。増税圧力が高まり、継続できないプロジェクトが出てくることは必至だ。
八方美人のツケに悩む
これまで子供にも高齢者にもいい顔をしてきたオバマは今、ジレンマに陥っている。選挙運動中、オバマは「子供たちの未来のために......」と説く一方で、受給開始年齢の引き上げによって社会保障やメディケアにかかるコストを減らすという提案に反対した。つまり高齢者への公約の一部をほごにしないかぎり、子供たちへの公約を守ることはできないのだ。
アメリカ社会そのものも同様のジレンマに陥っている。世代間の対立は政治的な衝突を招くかもしれないし、そうではないかもしれない。だが意図的にせよ無意識にせよ、アメリカの将来を決めていくのはわれわれだ。
高齢者は団結し、約束された権益を必死に守ろうとしている。一方で、政治に情熱はあるが焦点はばらばらの若者たち。どうやら若者の側に勝ち目はなさそうだ。
[2009年1月28日号掲載]