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米医療保険改革
オバマ政権の「国民皆保険」構想に
立ちはだかるこれだけの難題
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アメリカの医療保険制度は最高だ!
以前癌になった私は失業したら2度と保険に入れない、治療費が生涯限度額を超えれば保険会社は一銭も払わない、さらに悲惨な無保険者は4700万人──いったい何が問題なのか
病気になったら? カリフォルニア州ベニスで健康診断を受ける無保険のドナジ・クルスちゃん(3歳、09年6月) Lucy Nicholson-Reuters
[2009年8月4日ウェブ掲載]
申し訳ないが、私はアメリカの医療保険制度は現状のままでいいと思っている。私は医療保険に加入しているし、4700万人の無保険者のことなど知ったことじゃない。誰かがバラク・オバマ大統領と議会を止めるべきだ。医療改革法案を葬れ! 私は今のままのほうがトクなのだ。
「医療の公営化」に反対する手紙を大統領に出し、「私のメディケア(高齢者医療保険制度)に手を出すな」と書いた女性に私は賛成だ。メディケアが公的医療制度であることはともかく、そうこなくては!
私が連邦議員たちと同じ高水準の保障を得ていい道理などあるだろうか。法案に反対していた民主党の保守派議員などは「ブルー・ドッグ(青い犬)」と言われるだけあって顔色が悪く、たくさんの医療サービスを必要とする。私のような一般人の保障など、それより少なくて当然だ。
私は数年前に癌を患った。今の職を失えば、もう2度と医療保険には加入できないという事実を、私は気に入っている。私の住宅保険とそっくりだ。空き巣に入られたら契約を解除された。
癌の再発については考えるのも恐ろしいが、そのときに直面する究極の選択にはぞくぞくする。数十万ドルの医療費を払うために家を売るか、死ぬかの選択だ。
高額治療費を保障する保険が存在しないというのも素晴らしい。私の医療保険(結構、恵まれたものだ)は、最先端の癌治療にかかった費用の75%しか保障してくれなかった。癌で苦しみながらも自己負担の大金を支払わされる──これこそあるべき姿ではないか。
年間保険料2万5000ドルが何だ
多くの医療保険に、生涯支払い限度額が設定されているのもこたえられない。契約書の文字が小さ過ぎて見落とした人のために解説すると、保険からの医療費支払いが一定限度額を越えると、それ以上はびた一文払ってもらえないということだ。実に公平だ。
公平と言えば、どんな治療が保険の保障範囲に入るかを決めるのが医者ではなく、コスト削減を至上命題とする保険会社の事務屋たちだというのも公平に思える。何と言っても、医療のことをいちばんよくわかっているのは保険会社の連中なのだから。
そう、現状は保険会社にとって最高だ。最近知ったのだが、私たちが支払う保険料には、保険会社の事務費やマーケティング費用、利益などが手数料として含まれている。ミネソタ大学の研究によれば、保険会社の保険料収入の最大47%は医療費以外の手数料に使われている。優良な保険会社でさえ、30%近くを医療以外の目的で使っている。素晴らしい。
さらに朗報がある。企業が提供する医療保険に加入するアメリカ人は現在、1世帯当たり年間8000ドルの保険料を支払っているが、大統領経済諮問委員会によれば、25年までにはそれが2万5000ドルまで増加するという。医療保険改革の支持者はこれを「持続不可能」と言うが、そんなことはない。
そもそも、彼らはどうしたら「公的保険」などというバカげた構想を信じられるのだろう。寡占状態にある保険業界に努力を促すには競争が必要だなどと、本気で信じているのだろうか。競争を尊ぶ資本主義などという言葉があったのは大昔のことだ。
私は、営利企業である保険会社が連邦政府の資金にタダ乗りして儲ける現状こそ望ましいと思う。私たちは、企業が困ると政府が助けるという優れた福祉制度をもっている。メディケア受給者向けの処方薬を提供するプログラムを政府の代わりに運営することで、保険会社は政府から数千億ドルの手数料を受け取っている。その制度に手を触れてはいけない。腕利きロビイストが手塩にかけて作り上げた傑作を、ぶち壊しにすることになる。
議論を始めてからまだたった97年
現状のうちでも最高なのは、医者がサービス単位で支払いを受ける仕組みだ。医者は、処置の一つ一つに対して支払いを受ける。自動車販売員が、車を売った対価ではなく、ハンドルを握ったりブレーキを踏んだりするたびにコミッションを受け取るようなものだ。近所のショッピングセンターで開業しているクリニックの医療のほうが、医者が給与ベースで働いているメイヨー・クリニックやスローン・ケタリング記念癌センターなどの大病院よりはるかに優れているのもそのおかげだ。誰がこのシステムを壊したがるだろうか。
よろしい、認めよう。私も本音では変化を望んでいる。自分たちも「改革者」だと言うために共和党議員が持ち出した政策を、私は支持する。彼らによれば、医療過誤訴訟で認める損賠賠償支払い額に上限さえ設ければ、医療保険制度全体を救うことができる。カリフォルニア州とテキサス州という全米最大の2つの州が数年前にその通りのことを実施したが、何も良くならなかった。だが、誰がそんなことを気にするだろう。何より、この政策は聞こえがいい。
だから、米議会が夏休みになって地元の議員が帰ってきたら、医療保険改革はまだ時期尚早だと訴えよう。何せ、私たちがこの議論を始めてからまだ97年しか経っていない。1912年にセオドア・ルーズベルトが革新党の選挙公約に公的医療保険を掲げたのが最初だからだ。議会の公聴会もたった745回しか開かれていない(ちゃんと数えたわけではないが)。こんなものではとても足りない。何かをする前に、もっとこの問題を研究しよう。
たった今、私は「問題」と言ったか? 問題など何もない。私は現状維持が好きなのだ。