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SARS経済危機説の嘘
エコノミストはアジア経済危機再来の警鐘を鳴らす。だが今後のダメージは限定的なものにとどまりそうだ
重症急性呼吸器症候群(SARS)のせいで、マイケル・オキーフの仕事は乱調ぎみ。ただし、SARSが直接、ビジネスに悪影響を与えているわけではない。
クロール・インターナショナル社のリスクコンサルタントとして日本で働く彼の本来の任務は、顧客に警戒を促すことだ。だが今は、過度の警戒を戒めるのが仕事になっている。
オキーフは、出張を禁止したり、アジア諸国を訪れた社員を隔離したりする必要はないと顧客にアドバイスしている。不用意な行動は禁物だが、SARSがアジア全域で蔓延しているわけではないことを認識すべきだという。
「たとえば、一人のアジア人が病気になったからといって、アジア全体が病気に冒されているわけではない」と、オキーフは語る。
生命線の貿易はほぼ無傷
著名なエコノミストは、SARSは97~98年の通貨危機と同程度の深刻な打撃をアジア経済に与えるおそれがあると警告している。だが、実際はどうなのか。
確かにSARSは、旅行業や運輸業、小売業にダメージを与えているが、被害は香港やシンガポール、中国などに集中している。SARSによる打撃を無視するわけにはいかないが、アジア全域でSARSが蔓延することを前提にした経済危機説には、あまり説得力がない。
世界銀行は4月に発表した報告書で、日本を除く東アジア地域の今年の成長率予測を6%から5%に下方修正。SARSによる損失は約300億ドルと見積もった。
世界銀行は、損失の大半はSARSそのものではなく、パニックによって生じるとみている。「短期的には、経済に影響を与えるのは、もっぱらSARSに対する人々の認識と恐怖と言っていい」
だとすれば、通貨危機ほどのダメージは生まれないだろう。通貨危機の際は、アジア全域が深刻な景気後退に陥った。96年に8・3%だったアジアの成長率は、98年には4・4%に急落した。それに比べれば、SARS禍による影響は小さい。
SARSが猛威を振るう香港がいい例だ。「マンダリンホテルのロビーは閑散としているが、需要がなくなったわけではない。手控えられているだけだ」と、投資アドバイスを行うコマーシャル・エコノミクス・アジア社のエンツォ・フォン・ファイルCEO(最高経営責任者)は言う。
観光業が香港のGDP(国内総生産)の約10%を占めているため、旅行客の減少などで景気後退に陥るおそれはある。だが生命線である貿易は、ほぼ無傷だ。「大半の企業のビジネスは通常どおりだ」と、香港にある米国商業会議所のフランク・マーティンは言う。
だが今のところ、メディアでこうした冷静な意見が伝えられるケースは少ない。アジア開発銀行のプラドゥムナ・ラナによれば、アジア諸国は少々の荒波ならはね返せるだけの力があるという。アジア地域全体の外貨準備高は96年当時の5倍にのぼる。
資産運用会社フランクリン・テンプルトン・インベストメンツのマーク・モビアスは、先ごろ香港や中国を訪れたが、SARSの影響は限定的だという意見を変えていない。「数カ月もすれば、経済に活力が戻り、再び成長に弾みがつくだろう」と、モビアスは言う。
中国が本腰を入れれば
SARS禍が吹き荒れる中国でも、経済への影響はさほど大きくない。「SARSで中国経済が不安定化しているとは思えない」と語るのは、『チャイナ・インベスター』の著者セサル・バカーニ。「貿易や投資、リストラ、家計の富裕化などから生まれる勢いに陰りは見えない」
ベトナムとシンガポールは、SARSをうまく封じ込めたようだ。ならば、中国がSARSを制圧できたとしても不思議ではない。
「中国の指導者が本腰を入れれば、たいていの問題は解決する。ときには恐ろしいほど効率的に」と、ゴールドマン・サックスのリポートには記されている。「全体主義の『効用』と言えるかもしれない」
これも、SARSが経済危機を引き起こす可能性が低い理由の一つだ。
[2003年5月14日号掲載]