コラム

「習近平版文化大革命」の発動が宣言された――と信じるべきこれだけの理由

2021年08月31日(火)18時12分

企業と富裕層が標的の「劫富済富」革命

芸能人や言論人に対する上述のような「文革式粛清」に先立って、習近平政権は2020年秋ごろから、民間の大企業に対するバッシングを始めている。その最初の標的となったのは、中国を代表する大企業のアリババグループである。まずは昨年11月にアリババ傘下のアントグループが計画した史上最大規模の株公開(IPO)が当局によってストップをかけられ延期を余儀なくされた。その前後からアリババ創始者の馬雲(ジャック・マー)は公の場から姿を消して「謹慎の身」となった時期もあった。そして今年4月、アリババグループが独禁法違反で182億元(3000億円)の巨額な罰金を課された。

今年7月には、今度はIT大手の騰訊控股(テンセント)や、配車サービス最大手の滴滴出行(ディディ)が独禁法違反による罰金対象となった。

滴滴出行の場合、6月末にニューヨーク市場で上場した直後に、中国当局が国内業務に制限を加え、ニューヨーク市場で株価が急落した。企業としての存続まで危ういのではないかとの観測が国内で広がっている。

そして7月下旬になると、大企業いじめはいよいよ特定業界に対する乱暴なバッシングにエスカレートした。7月24日、中国共産党と国務院は義務教育段階の子供の負担を軽減するため、学校以外の学習禁止を厳命する、という前代未聞の「塾禁止令」を出した。その直後から中国全土で学習塾や補習校の摘発が始まり、塾講師ら約1000万人の被雇用者を有するこの巨大産業は、政権の命令によってつぶされる最中である。

8月17日、今度は全中国の富裕層・高収入層の心胆を寒からしめる重大ニュースが伝えられた。その日、共産党政権の経済政策の最高意思決定機関である中央財経委員会は習近平の主宰で第10回会議を開いたが、当日の中国中央電視台(CCTV)の伝えるところによると、会議は「共同富裕」というスローガンを打ち出し、今後の政策方針の1つにしたという。

会議は貧富の格差の是正による「共同富裕」の実現を唱え、そのための手段として高収入層の「不法収入に対する取り締まり」と並んで、彼らの「不合理収入」に対する「整理・規制」を強調した。

共産党中央の財経委員会がここで、「不法収入」と並んで「不合理収入」を持ち出したことは重大だ。その意味するところは、高収入層の収入が例え合法的に取得した正当なる収入であっても、当局がそれを「不合理な収入」だと認定すれば、この個人収入に対して「整理・規制」の手を入れることが可能になる。

もちろん、政府当局のいう「整理・規制」とは要するに、税以外の上納金の強要や罰金などによるさまざまな収奪の遠回しの表現である。習政権は今後、「共同富裕」の大義名分を振りかざして、国内の富裕層・高収入層を標的にした「劫富済貧(富める者から奪い、貧しいものを助ける)」式の分配政策を強引に進めていくだろう。それは完全に鄧小平以来の「先富論」の否定であり、毛沢東時代の共産主義革命路線への逆戻りでしかない。

毛沢東流の共産革命が最も極端な形で実現したのが文化大革命時代である。当時、元資本家などの富裕層が持つ家屋や預金などの個人財産はかなりの部分が没収されたが、習政権の「劫富済貧」は一体どこまでやるつもりなのか。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ウクライナ首脳、日本時間29日未明に会談 和平巡

ワールド

訂正-カナダ首相、対ウクライナ25億加ドル追加支援

ワールド

ナイジェリア空爆、クリスマスの実行指示とトランプ氏

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story