コラム

「習近平版文化大革命」の発動が宣言された――と信じるべきこれだけの理由

2021年08月31日(火)18時12分

中国を代表する女優の趙薇(ヴィッキー・チャオ)も「新・文化大革命」のいけにえに? Alessandro Bianchi-REUTERS

<中国でよくない変化の胎動が始まっている。芸能人摘発に続いて企業・金持ち叩き、さらに経済政策批判禁止に英語の制限......。すべての出来事が指し示しているのが、半世紀前の悪夢「文化大革命」の再来だ>

芸能界粛清から始まった習版の文化大革命

日本でも一部報じられていることだが、今年8月に入ってから中国で著名芸能人に対する異様な「粛清」が相次いで行われた。

まずは8月中旬、人気俳優の張哲瀚が数年前に靖国神社で写真を撮ったという過去の「罪状」を暴露され、人民日報などの国営メディアから厳しく批判された。その結果、数多くのブランドとの契約がその日のうちにすべて打ち切られ、撮影中の作品からも降板を余儀なくされた。張哲瀚はこれで事実上の芸能界追放となった。

そして8月27日、人気女優・鄭爽の巨額脱税が認定され、50億円の罰金を課された一方、映画・テレビの所管当局は、鄭爽に関わるすべての作品の放送を禁止すると発表した。新たな作品への起用も認めず、これも事実上の芸能界追放となった。

さらにその2日後の29日、鄭爽よりも芸能歴が遥かに長く、中国を代表する大物女優の1人である趙薇(ヴィッキー・チャオ)への「封殺」が始まった。その日夜から中国の主な映画配信サイトで彼女の名前が検索できなくなり、過去に出演したテレビドラマのクレジットからも趙薇という名前が一斉に消えた。趙薇に対するバッシングの原因は未だに不明だが、今から20年前に旧日本軍を連想させる旭日旗をデザインした服を着て問題視されたことが一因ではないかと報じられている。

以上の3人が批判・追放された理由はそれぞれであるが、共通点が2つある。1つは、彼・彼女たちに対する批判はネットから官制メディアまで同時期に展開され、芸能界からの追放などの処罰も同時期に行われた。つまり、この3人に対する批判と追放は決してバラバラの行為ではなく、むしろ統一した指揮下の統一行動であると理解できよう。そして中国の場合、共産党政権こそがこのような統一行動の唯一の指揮者である。

もう1つの共通点はすなわち、その理由がどうであれ、彼・彼女たちに対するバッシングがあまりに残酷かつ乱暴である点だ。例えば鄭爽の場合、彼女の脱税に対して罰金するだけならわかる。だが全作品の放送禁止や新作への起用を認めないとなると、恣意的なバッシングというより粛清そのものである。

1人の人間の1つあるいは2つの過失や落ち度を理由に、人格を全否定的に批判した上で社会から完全に葬り去る乱暴なやり方は、50代以上の中国人ならみな記憶にあるであろう。1966年から始まった10年間の文化大革命の時代に、共産党幹部から知識人・芸能人まで多くの人々が、まさにこのような粛清を受けた。

こうしてみると、今回の「芸能人粛清」はひょっとしたら、中国における文化大革命再来の兆しではないかと思えてしまう。実際、中国現代史上最大の政治粛清運動となった文化大革命は、その名称の通りまさに文化や文芸の領域から粛清が始まり、「文化」に対する「革命」としてスタートしたのである。

そして8月30日、政府系重要新聞の1つである光明日報は、このような「文化大革命」を匂わせる文芸評論を掲載した。

北京大学中文系(国文学部)の董学文教授による論評は、「文芸従事者で主に構成される娯楽業界では、今や偏りや乱れが生じている」と断じた上で、「価値観の歪み」や「娯楽至上主義」や「低俗・低劣」などの現象を取り上げ、「それらの現象が人々の心を侵食し文芸の生態環境を汚染し、社会主義の核心的価値観を転覆しようとしている」と厳しく批判した。

「心の浸食・汚染・転覆」などの厳しい言葉を使って芸能界のことを断罪したのであれば、徹底的な「粛清」が当然必要となってくる。芸能界で実際に起きている事態を見れば、このタイミングで発表された上述の論評は、まさに「文化的粛清運動=文化大革命」の号砲ではないのか。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイランに攻撃か、規模限定的 イランは報

ビジネス

米中堅銀、年内の業績振るわず 利払い増が圧迫=アナ

ビジネス

FRB、現行政策「適切」 物価巡る進展は停滞=シカ

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story