コラム

女性暴行事件の黒幕は中国政府? 政治闘争の予兆としての「厳打運動」

2022年06月27日(月)13時15分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
習近平

©2022 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<若い女性への暴行事件には、捜査には地元警察ではなく、200キロ離れた別の都市が関わっていた。一般市民が「単なる暴行事件」と考えないのはなぜか?>

中国の河北省唐山市で「雷霆風暴(雷と嵐)」と名付けられた「厳打運動」が始まっている。そしてこれが中国全土に拡大するのではないか、と中国の有識者は心配している。

「厳打」とは、犯罪や不法行為を厳しく取り締まる政府のキャンペーンのこと。今回のきっかけは唐山市にある飲食店で起きた集団暴力事件。飲食中の若い女性客が男性客に体を触られ抵抗したところ、男性客とその仲間数人に殴る蹴るの暴行を受け病院に搬送された、という悪質な事件だ。

 ネットで暴行時の監視カメラの映像が拡散し、その後暴行者たちは逮捕された。だが、なんとこの事件の捜査を担当したのは地元の唐山市ではなく、200キロほど離れた廊坊市の警察だった。この事実を知って、地元唐山の警察当局や政府がこの暴行グループの後ろ盾であり、今回の事件が単純な女性暴行事件とは限らないことを中国人は理解した。

「厳打」が始まった途端、唐山警察には100人を超える犯罪告発者が訪れた。一方、警察は幹部を処分したものの記者会見や謝罪は行わない。被害者と家族への取材は全くできず、遠方から来た記者が現地で警察官に殴られる事件も発生した。

「厳打」運動は文化大革命終了後に激増した犯罪対策として鄧小平時代に始まったが、「嚴打」という概念は、毛沢東時代のさまざまな弾圧運動と地続きの関係にある。共産中国の建国直後に起きた「三反五反運動」も、汚職などの犯罪の「厳打」からスタートした。権力者は「人民と国のため」という名目で反対勢力を弾圧し、ついでに一般市民の生活もたたきつぶす。

歴史を知れば、有識者が今回の厳打運動に不安を覚えるのは理解できる。そして、ずっと「ゼロコロナ」政策を我慢し、不満がたまっている民衆に対しては、今が「厳打」運動を展開する一番いいタイミングといえる。なぜか。

「殺鶏嚇猴(ニワトリを殺してサルを脅かす)」ということわざそのままに、「厳打」によって最高指導者の批判者を弾圧し、一党独裁政権に逆らう芽も摘むことができる。

中国では「政治の季節」が近づいている。ある政府系雑誌が最近、歴史上の2人の「李宰相」の腐敗を非難した。暗に批判されたのは誰か? 今回の事件は実は政治闘争の予兆なのではないか?

ポイント

三反五反運動
1951年から52年にかけて起きた「三反(汚職、浪費、官僚主義)」と「五反(贈収賄、脱税、横領、ごまかし、国家経済情報の漏洩)」に反対する社会改造運動。

李宰相
共産党中央規律検査委員会系の雑誌が6月に発表した文章の中で、秦代と唐代の2人の李宰相を「利己主義」と批判。最近、習近平政権の方針に批判的とされる李克強首相を揶揄したとみられる。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

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