コラム

保育の拡充よりも優遇される「3世代同居」の不可解

2016年03月22日(火)15時00分

 軽減税率のための財源確保1兆円を優先し、子育て支援の3000億円が先送りされたが、この3世代同居への補助については、早速、2016年度予算案に盛り込まれている。3世代同居への補助制度、具体的には、「(1)台所(2)浴室(3)トイレ(4)玄関のうち2種類の設備を2カ所以上設置した新築木造住宅、同じ条件を満たすよう(1)~(4)の設備を増設した中古住宅を対象に、1件あたり最大150万円を補助する」(東京新聞・2月28日)というもの。現行制度を拡充させる形で150億円が予算に盛り込まれているが、なかなか解せない。「少子化の流れに『終止符』を打つ」ために着手されるのが3世代同居への補助でいいのか。

 政府の見解は、親たちと一緒に住めば、働く女性が会社を辞めることなく働き続けることができるし、子供も産みやすくなるでしょう、というもの。これに対して野党は、2世帯同居ができるような家を新築したり増設できるのは経済的に恵まれた層で、彼らに150億円の補助金が流れていくだけ、と指摘している。少なくとも最優先にすべき事項ではないだろう。

【参考記事】日本は世界一「夫が家事をしない」国

 なぜこのような政策を重視するのか。伝統的家族観への回帰をところどころで見せてきた現政権の思惑もあるだろう。もっとも顕著に現れているのが、自民党が提示した「日本国憲法改正草案」。「家族、婚姻等に関する基本原則」を記した第24条では、現行憲法には無い一文「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。」が冒頭に加わる。助け合わなければならない、と断定されているのだ。

 この一文について、自民党憲法改正推進本部が作成した「日本国憲法改正草案Q&A」では、「家族は、社会の極めて重要な存在ですが、昨今、家族の絆が薄くなってきていると言われています。こうしたことに鑑みて」、この条文を入れたと説明される。絆が薄くなったというよりも多様化しているのであって、その多様化に対応することができなければ、子供を育てながら働く環境を整えることが難しくなる。でも彼らは、「じゃあ、親と一緒に住んで、あるべき家族像を満たしてくれるのならば補助金を出す」という施策に取りかかっている。

 この夏の選挙に響くと判断すれば、保育の拡充を訴える声をひとまず大きくしていくはずだが、自民党が目指している家族像とは、「互いに助け合わなければならない」家族像にある。この前提を踏まえたうえで見定める必要がある。

プロフィール

武田砂鉄

<Twitter:@takedasatetsu>
1982年生まれ。ライター。大学卒業後、出版社の書籍編集を経てフリーに。「cakes」「CINRA.NET」「SPA!」等多数の媒体で連載を持つ。その他、雑誌・ウェブ媒体への寄稿も多数。著書『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。新著に『芸能人寛容論:テレビの中のわだかまり』(青弓社刊)。(公式サイト:http://www.t-satetsu.com/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story