コラム

インバウンド2500万人時代、「食」への対応が日本の課題

2023年07月12日(水)15時30分

日本食は世界一という思い込みが日本にはあるが…… kazuhide isoe/iStock.

<宗教的タブーや菜食主義など、外国人観光客の食のニーズに体系的に対応しなければならない時期に来ている>

日本へのインバウンド観光客が激増しています。京都や鎌倉など観光地では、交通機関の慢性的な混在が発生していますし、羽田など空港の混雑も前代未聞のレベルです。コロナに関する入国規制が撤廃されたことに加えて、そもそも円建てでも安い物価が、1ドル140円台という円安で、ドルなど外貨に換算すると更に安くなる状況が後押ししていると思われます。

その実数ですが、毎月増加傾向にあります。2023年4月の時点では一カ月200万人に迫っており、この分だと年間では2500万人というペースです。ちなみに、コロナ禍前の2018~19年には年間3000万人を超えていたのですが、現在の数字は中国人旅行者が完全に戻っていないなかで、やはり驚異的と言えるでしょう。

そこで気になるのが「食」への対応です。何だかんだ言って、中国人旅行者というのは「食」に関しては「あまり心配のない」集団でした。同じ米飯+麺類+醤油文化圏ということもありますし、食に関するタブーも少ないからです。そう考えると、中国人抜きで2500万人という集団を受け入れつつある現状は、潜在的に問題を抱えていると思います。

まず「食タブー」の問題があります。世界には様々な食のタブーがあります。宗教的にはイスラム教の「ハラール」や、ユダヤ教の「コーシャ」という基準があります。宗派によって異なりますが、かなり厳格に気にするグループがあるのは事実です。また、菜食主義では「ベジタリアン」、より厳格な「ヴィーガン」があります。その一方で、唐辛子など辛いものやカレー風味を苦手とする人向けに「スパイシー」かどうかという概念もあります。生の魚が苦手、豚肉や牛肉など特定の品種の肉を食べない文化もあります。

現在、日本の飲食店ではこうした「食タブー」に配慮したメニュー表記はまだまだ普及していません。実際は、英語などで様々なウェブサイトが口コミ情報を公開しており、多くの外国人旅行者はそうした口コミを頼りに、店やメニューを選んでいるようです。では、問題は起きていないからいいのかというと、そこには巨大な機会損失があると思います。

「食タブー」で選択に悩む客層も

中国人抜きで2500万人というのは大変なボリュームであり、そのなかには確実に「食タブー」のために食事の選択に悩む層があります。この層をマーケットとして取り込むのか、それとも一部の口コミサイトに乗る店にまかせてしまうのか、そこにはビジネスの上で大きな差が生まれると思うのです。

問題は「食タブー」だけではありません。料理の説明や食べ方などを含めたメニューの多国語対応が進んでいません。チェーン店や有名な店では、英語や中国語のサイトを用意しているのですが、日本語サイトを直訳して済ませている場合が多いようです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FOMC、最低1人が利下げ主張か 大勢は金利据え置

ビジネス

日経平均は続落で寄り付く、利益確定売り継続 半導体

ワールド

EU、イスラエルへの研究助成制限を提案 ガザ人道危

ワールド

トランプ氏、英との関係称賛もエネ政策・ロンドン市長
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 2
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経験豊富なガイドの対応を捉えた映像が話題
  • 3
    アメリカで牛肉価格が12%高騰――供給不足に加え、輸入先のカナダやブラジルへの高率関税はこれから
  • 4
    運転席で「客がハンドル操作」...カリフォルニア州、…
  • 5
    グランドキャニオンを焼いた山火事...待望の大雨のあ…
  • 6
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「出生率が高い国」はどこ?
  • 9
    タイ・カンボジア国境紛争の根本原因...そもそもの発…
  • 10
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 1
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 2
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 3
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心中」してしまうのか
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 6
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 7
    レタスの葉に「密集した無数の球体」が...「いつもの…
  • 8
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 9
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 10
    参院選が引き起こした3つの重たい事実
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 5
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 6
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 10
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story