コラム

米渡航中止勧告で崩壊した東京五輪の理念

2021年05月26日(水)17時30分

東京五輪のロゴマークを警護する警察官 Issei Kato-REUTERS

<外国選手団と主催都市の住民が「お互いを危険な存在」と感じていては、五輪憲章の根本の理念は成立し得ない>

米国務省(日本の外務省に相当)は5月24日(月)、日本を「レベル4(渡航中止)」の対象国に指定しました。この指定ですが、言葉としては「強い表現」であるものの、具体的な規制ではなく、これで日米間の航空路線が停止するわけではありません。

また、渡航中止というのはあくまで「不要不急」の旅行を止めよという意味であって、米政府が言明しているように「五輪への参加」という「必要な目的を持った渡航」については禁止されません。

今回の渡航中止を受けて、ホワイトハウスのサキ報道官は、5月25日(火)の定例会見で、この夏の開催においては、「選手たちは厳しいコロナ対策という『オリンピックの傘』のもとで移動させるという交渉」を日本と行っているとした上で、関係者全員を守るために「特別な入国方法と、日本国内での厳格な規則」に従うと表明しました。つまり、今回の五輪は、厳しいルールに基づいて実施される見通しであり、そのルールを守った開催には協力するというのです。

確かに、日本国内では五輪開催時に来日する選手団や役員などを、できるだけ隔離する方向で議論が進んでいます。実務的には難しいと思いますが、宿泊先と練習会場と、試合の会場以外には立ち寄らせず、一般の東京都民とは接触させないという考え方で、人の動かし方を詰めているところだと思います。『オリンピックの傘』というのはそういう意味です。

五輪開催の深刻な矛盾

ですが、今回の「渡航中止」というのは、図らずも東京五輪を2021年7月に実施する際の「深刻な矛盾」を明らかにしたとも言えます。

米国国務省がCDC(疾病対策センター)と共同で、日本を「レベル4」にした理由ですが、五輪の独占中継権を持っているNBCのトム・カステロ記者は、25日夕刻の「ナイトリー・ニュース」で、日本への渡航中止の背景には「変異株の流行と、絶望的に低いワクチン接種率」があるとしていました。

つまり、アメリカ(そして他の参加国)から見れば、日本は変異株を含む新型コロナウイルスの感染が拡大する一方で、ワクチン接種が深刻なまでに遅れている「危険ゾーン」だという見方をしているわけです。

一方で、開催都市である東京都民の間には、依然として五輪開催によって大人数の選手・役員・関係者が国外から入国するのは、ウイルスが持ち込まれるから反対という心理が残っています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:社会の「自由化」進むイラン、水面下で反体制派

ワールド

アングル:ルーブルの盗品を追え、「ダイヤモンドの街

ビジネス

NY外為市場=ドル、対円で横ばい 米指標再開とFR

ビジネス

米、対スイス関税15%に引き下げ 2000億ドルの
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 5
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 6
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 9
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 10
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story