コラム

財政負担問題はなぜ誤解され続けるのか

2018年12月10日(月)16時10分

『サムエルソン経済学』は財政負担問題について何を言っているのか

この本が赤字財政の負担転嫁問題を論じているのは、第19章「財政政策とインフレーションを伴わぬ完全雇用」の第2節「公債と近代の財政政策」および付論「公債の負担--その虚偽と真実」である。それはまず、以下のように、「素人の接近方法」によってこの問題を扱うことに対する危うさの指摘から始まる(頁はすべて上記『サムエルソン経済学』(上)1977年版に基づく。以下これを『経済学』と略記する)。


公債に関連して生ずる負担を評価するさい、われわれは、小さな一商人の負債について真であることが何でも必然的に政府の負債についても真であるなどとあらかじめ決めてかかってしまう非科学的な方法は、これを慎重に避ける必要がある。問題をこのように予断してしまうことは、論理学上の合成の誤謬を犯すのにも等しい。公債の真の--そして現実には否定すべくもない--負債を分離して理解させてくれるものではなく、かえって問題点を混乱させるだけに終わるかもしれないのである。

近代経済学者は、公債の真の負担という点に関心を寄せ、素人の接近方法とは著しく異なるかたちでこの問題を診断するのである。(598-599頁)

『経済学』はこのように、政府の債務を個人や家計の債務と同様なものと考えてはならないことを指摘したのち、負担問題に関する結論を以下のように提示する。


ある世代がのちの世代に負担を転嫁できる主な方法は、その国の資本財のストックをそのときに使ってしまうか、または資本ストックに通常の投資付加分を加えることを怠るのかのいずれかである。(599頁)

この命題の意味は、章末の「要約」で、以下のようにより詳しく解説されている。


公債は、あたかも市民のひとりひとりが背中に岩を背負わなければならぬような形で国民に負担を負わせるものではない。われわれが現在資本形成削減の策を選び後世にそれだけ少ない資本財を残すことになるかぎり、われわれは後世の人たちに与えられた生産可能性に直接影響を及ぼすことになる。われわれがなんらかの一時的な消費目的のために外国から借金をし、その外債にたいし後世の人たちが利子や元金を支払わなければならぬような約束をするかぎり、われわれは後世に正味の負担をかけるわけで、その負担分は後世の人たちがそのときに生産できるもののなかからの控除を意味するだろう。われわれがのちの世代の手にいずれにせよわたるであろう資本ストックにはなんの変更も加えないで彼らに内国債を残す限り、国内ではさまざまの移転効果が生じうるわけで、そのときになって生産される財の中から社会のある集団が他の集団の犠牲において余計の分け前を受け取るということになる。(612-613頁)

この説明は、二つの命題に分けて考えることができる。その一つは、「公債は、国内で消化され、かつそれが一国の将来の生産=消費可能性に影響を与えるものではない場合、国内的な所得移転は生じさせるものの、将来世代の負担にはならない」である。筆者の上掲2017年07月20日付コラムで指摘したように、このことを不十分ながら最初に述べたのは、初期ケインジアンを代表する経済学者の一人であったアバ・ラーナーである。そしてもう一つは、その対偶命題であり、「公債は、国外で消化される場合、あるいは資本ストックを減少させて一国の将来の生産=消費可能性を縮小させる場合には、将来世代の負担になる」である。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story