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日本の「紙芝居」が海外で人気 国境なき医師団から多言語政策まで

Kamishibai: how the magical art of Japanese storytelling is being revived and promoting bilingualism

2018年07月31日(火)21時50分
ジェラルディン・D・エンジェルビン(英ヨーク大学フランス語准講師)

By aki.sato [CC BY-SA 2.0], via Wikimedia Commons

<ヨーロッパから南米まで、世界各国で今、紙芝居の上演やワークショップが人気を博している。テクノロジー全盛の現代になぜ、どのように活用されているのか>

テクノロジーの進歩ばかりが目立つ現在、スクリーンやキーボードがないものには、時間を割く価値はないように感じられるときもある。

しかし、技術革新が進む背景をよそに、数世紀前から日本で続いてきた読み聞かせの伝統が現代の観客向けに再興している。紙芝居(kamishibai)だ。日本の古い話芸のツールであり、今や世界各国の図書館や老人ホーム、学校などで活用されている。

紙芝居は力強いメディアであり、国境なき医師団も2011年、エイズ予防キャンペーン「マリクと友達になろう(Befriend Malik)」の一環として導入した。

さらに最近では、マルチリンガリズム(多言語使用)を推進するフランスの団体「DULALA(D'Une Langue A L'Autre、1つの言語から別の言語への意味)」が、同団体初の紙芝居全国大会を主催し、フランスの各学校に参加を働き掛けた。さらに今年、DULALAは1回目の「多言語紙芝居」国際大会を開催している。

この「ストリートスタイル」の読み聞かせは、日本における2つの伝統文化の流れを汲んでいる。ひとつは、12世紀までに遡る、主に仏教絵画を見せながら話をする芸術「絵解き」。もうひとつは、1900年代に無声映画の語りを担当した「弁士」だ。個人で楽しむように作られた絵本とは異なり、紙芝居は集団で楽しむもの。つまり体験の共有だ。語り手は、聴衆を引き込み、聴衆から反応や答えを引き出す。

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新進気鋭のアーティスト、ベランジェール・ボサールによる紙芝居用絵画(コラージュ、ペインティング)。筆者提供

紙芝居の歴史

1920年代から1950年代前半までの日本では、菓子売りを兼ねていた紙芝居師が、自転車で町から町へ、村から村へと移動しながら、たくさんの幼い観客たちを惹き付けていた。

紙芝居師は自転車の後ろに小さな木枠で出来た舞台を取り付けていた。扉を開くと、半分が絵の額、半分が劇場ステージとなった。そして、「拍子木」と呼ばれる木製の音具を打ち鳴らし、幼い観客たちを招き寄せるのだ。

紙芝居師からお菓子を購入した子供は、前列に座ることが許された。全員が落ち着いたら、紙芝居師は読み聞かせを始める。番号のついた絵を横から一枚ずつ引き抜いていき、重ねた絵の後ろに次々と滑り込ませていくのだ。

紙芝居の表側の絵には、観客が楽しむための絵が描かれていた。裏には、絵に対応した物語の一節が書かれており、語り手が大きな声で読み上げた。

常連客を確保するために、紙芝居師は、続きが気になるような場面で止める。子どもたちは、物語の結末を知りたいがため再び戻ってきて、もっとたくさんお菓子を購入するのだった。

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クレメンティン・マギエラのワークショップに参加した子供による紙芝居用絵画(コラージュ、ドローイング)。マギエラは大人と子供向けに紙芝居の活用と制作を教えている。筆者提供

紙の演劇

現在、フランスやベルギー、イタリア、スペイン、ドイツ、南米、そして北米で、紙芝居の上演とワークショップが人気を博している。

紙芝居を使って、「笠地蔵」などの日本の民話が観客に紹介されている。またヨーロッパの観客のために、祖国の物語に焦点を当てることもある。例えば、フランス東部に位置するアルザス地方の民話「モミの木の伝説」などだ。

友情や年を取ること、サンタクロース、あるいは自閉症まで、現代の紙芝居は幅広いテーマを扱う。さらに、事実を説明するための紙芝居もある。水循環を説明する紙芝居に、レオナルド・ダ・ヴィンチや長崎の被爆者に焦点を当てた紙芝居まであるのだ。

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クレメンティン・マギエラのワークショップに参加した子供による紙芝居用絵画(コラージュ、ペインティング)。マギエラは大人と子供向けに紙芝居の活用と制作を教えている。筆者提供

現代の紙芝居師たち

紙芝居は非常に用途が広く、人々を楽しませるツールだ。そのため、多くの国の学校で授業に取り入れられている。学習や復習だけでなく、演劇や視覚芸術への統合的なアプローチも可能にする。

ますます多くの言語で紙芝居用の物語が作られているのも、もはや驚くことではない。同じ物語でも、3段階の読解力レベル向けに分けて作られる紙芝居もある。

紙芝居に関する著作の多いタラ・マッゴーワンによれば、このツールには多くの可能性がある。「トップダウン型のコントロール」――教師が市販の紙芝居を「行儀のよい子供たちという静かな観客」に読み聞かせる形式――から、生徒に紙芝居を演じる機会を与える実践活動までさまざまだ。

(タラ・マッゴーワンによる双方向紙芝居「大きなヘビの過ち」)


つまり、紙芝居というパフォーマンスはさまざまな形式を取りうる。語り手が完成された紙芝居を読む場合もあるが、話の途中にアドリブで話したり、観客の考えを組み込んだりもする。ときには、観客の何人かが物語の読み聞かせを引き継ぐこともある。

さらには、参加者たちが個人または集団で紙芝居を作り上げて上演することもできる。つまり、オリジナルの物語を書き、ペンや絵の具、コラージュを使って、自分自身の紙芝居を作成するのだ。

段ボールや木材で、自分の舞台を作ることも可能だ。やや簡素に見える舞台もあれば、本物の芸術作品のような舞台もあり、後者では物語が始まる前から、観客は別世界に移動したかのように感じるのだ。

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筆者の紙芝居の舞台。青い扉がついており、観客に南フランスをイメージさせる。筆者提供

(翻訳:ガリレオ)

The Conversation

Géraldine D Enjelvin, Associate Lecturer in French, University of York

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

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