コラム

原子力空母がいる風景

2012年04月06日(金)03時52分

 全長333メートルある世界最大の軍艦の甲板上には、春の午後の日差しが降り注いでいた。艦載機を満載すれば核ミサイルを除いて世界最大の攻撃力を誇り、さらに日本の中型炉レベルと同規模の原子炉を抱える兵器であることを思わず忘れるほどののどかさだ。

 先日、機会があってアメリカ海軍横須賀基地の原子力空母ジョージ・ワシントンに乗船した。といっても、在日米軍やこの「世界最大の軍艦」が直接の取材対象ではなく、近く公開されるハリウッド映画『バトルシップ』の記者会見がジョージ・ワシントン艦上で開かれたのだ。異星人と米海軍が戦うという映画の内容はさておき、国内外の記者たちが記者会見で排水量約10万トンという巨大空母の甲板に立てたのは、とりもなおさずこの船が点検・補修中だったからだ。


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(c)NAGAOKA YOSHIHIRO

 ジョージ・ワシントンは横須賀基地内のガントリークレーンのある埠頭に係留され、日本人作業員があちこちで補修作業をしていた。艦載機はいないらしく、会見用に俳優たちの後ろにセッティングされたF18は操縦席のガラスが割れた「ハリボテ」のスクラップ機だった。

 ジョージ・ワシントンが通常型空母キティ・ホークに代わって横須賀を母港化した08年から4年。当時は反対運動が起きたが、「ジョージ・ワシントンがいる風景」は次第に横須賀の日常になりつつあるらしい。冷戦期には非核三原則違反がアメリカ原子力空母の日本寄港の主な反対原因だったが、ジョージ・ワシントンが居ついた後はむしろ、原子力空母の抱える原子炉が反対派の懸念材料になっている(ジョージ・ワシントンは横須賀母港化の直前に洋上で火災事故を起こしている)。

 日本人の防衛や戦争、兵器に関する認識はここ数年、水面下で大きく地殻変動を起こしているように感じる。何の疑問もなく、原子力空母上で映画の記者会見が行われること自体がその何よりの証拠だ。防衛・安全保障に関する内閣府の世論調査で、「日本の安全を守る方法」という質問に「現状どおり」と答えた日本人は1969年には40.9%しかおらず、「わからない」が35.3%を占めていた。「わからない」がこれほど多いのは、69年当時にはまだ戦争の辛い記憶が生々しく、防衛や安全保障と正面から向き合うことを避ける国民が多かったことを反映している。昨年の調査では、「現状どおり」は82.3%に倍増し、一方で「わからない」は7.0%に激減していた。

 もちろん日米安保や自衛隊の存在を受け入れたからといって、日本人が次の戦争を戦う準備ができたというわけではない。ただかなり多くの日本人が、軍隊や兵器という必要悪と向き合う心の準備がかなりできつつあるように、少なくとも筆者の目には映る。それは戦争の惨禍から70年近く経ち、時の経過とともに民族の「悲劇の記憶」が薄れつつあることと無関係ではないはずだ。北朝鮮の「人工衛星」を撃ち落とすPAC3の沖縄配備に対する国民やメディアの拒絶反応も限定的だった。

 庁から省に昇格したにも関わらず、明らかに素人としかいえない人物が相次いで防衛大臣に就任するのは、防衛省の役所としての位置づけ、さらには防衛の国政全体の中での位置づけが他省庁より低いからに他ならない。防衛省の地位が低く抑えられているのは、軍部が政治を引きずり回し、挙句の果てに国家を破たんさせた戦前の記憶ゆえだが、いつまでも「臭いものにフタ」式の思考でいいのか、とも正直思う。

 日本人が戦後最大のタブーに向き合う時はそう遠くない。「普通の国」が日本人1人1人にとって、本当に幸せな国なのかどうか分からないが。

――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)

【訂正】記事中に一部事実誤認がありましたので削除しました。

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ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

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