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コラム
ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
ドーバー海峡を渡るイラク難民に共感できるか?
ニューズウィークでも欧米の移民・難民問題についてはたびたび報じているが、やはり日本で暮らしている分にはどうにも実感がわかない。命を落とす危険を冒しながら国境を越えようとする人々、取り締まりをする当局、難民たちに食事を配るボランティアの人々......。色々な立場の人が関わる大問題だとわかっていても、ニュースで見聞きするだけでは、自分とはまったく関係のない人々が巻き込まれている遠い世界の出来事としか感じられない。想像力が働かないから、共感できないのだ。
治安が悪くなる、自分たちの仕事が奪われる、不法入国者である彼らのために税金が使われる、といった現実的な不満や危機感を持っている欧米の人々と違い、日本人は目を背けていればそれで何の問題もない。実際は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)主催の「難民映画祭」というものが成立するほど世界各地では身近なテーマなのだが。
そんな私たちの意識を少し変えてくれそうなのが、公開中のフランス映画『君を想って海をゆく』だ。一つの秀逸なドラマの中に入り込んだ瞬間、観客は誰でも難民やそれを受け入れる側の心に自分の心を重ね合わせることができる。『Welcome』という皮肉な原題にフィリップ・リオレ監督の思いが込められたこの作品は、セザール賞10部門にノミネートされ、欧州議会が贈るルクス映画賞(2009年)も受賞している。
主人公は、3カ月かけてイラクからフランスの最北端カレまで歩いてきたクルド難民の少年ビラル。トラックに潜んでイギリスに密航しようとするが失敗し、ドーバー海峡を泳いで渡ることを決意する。ビラルが泳ぎを練習する市民プールのコーチ、シモンと彼の交流に、シモンの離婚問題が重ねて描かれていく。
ビラルがイギリスに渡りたい一番の理由は、恋人ミナがロンドンにいるから。それから、サッカーのイングランド・プレミアリーグ「マンチェスター・ユナイテッド」の入団テストを受けるという夢もある。何かを夢みたり、愛する人を思う気持ちはどんな過酷な状況を生きていても(過酷だからこそ、かもしれないが)、のんびりと平和な世界を生きていても同じなのだと改めて思う。考えてみれば当たり前のことだが、それを忘れている人がけっこういるような気がする。
真っ直ぐな瞳を持つビラル役の新人フィラ・エベルディも、どこか人生をあきらめたような、しかしビラルの存在によって変わっていくシモン役のバンサン・ランドンもいい。本当にいい。
少し話がずれるが、この映画を観た直後、とても不快な光景を目にした。満員電車で赤ちゃんを抱っこする女性を目の前に立たせながら、優先席に腰掛けている3人のサラリーマン男性だ。
仕事で疲れている? でも6時くらいに帰宅の電車に乗れるのだから、忙殺されている訳ではないだろう。持病があるのか? いや、3人がみんなそうだとは思えない。実際、私の3回の妊娠中も、電車で席を譲ってくれたのは若い男性か中年の女性だけ。若い女性もそうだが、特に日本の中年男性は他人への気遣いにつくづく欠けると思う。
そういう中年男性にこそ、『君を想って海をゆく』のような作品を見て、もし××の立場だったら? と想像できる力を鍛えてほしい。
――編集部・大橋希
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