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コラム
ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
ビデオ流出が実現した胡錦濤訪日
先週You Tubeにアップされた尖閣事件の流出映像を最初に見たとき残った印象は、狂ったように鳴り響く巡視船のサイレンの音と、中国人船員のまったくやる気のない様子と、9月の沖縄の青い空、だった。
早送りを交えながら一応すべての映像を見た。私見ながら、中国漁船は明らかに2回巡視船に体当たりしていると思う。ただそれ以前に巡視船がかなりしつこく中国語のテープで「日本国の領海内だから早く出て行け」と繰り返していた。恐らく船長は相当いら立っていた。海保のテープに何度も警笛を鳴らす様子を見れば、それは分かる。
海の上に問題の漁船以外の中国船は見えない。それを複数の日本の巡視船が、神経を逆なでするテープを大音量で流しながら追い込んでいく。最初にぶつかって行ったのは漁船だから、一義的に責任を問われるべきは中国側だ。ただ日本側の追い込み方も中国側から見れば「弱いものいじめ」と見えるだろう。
日中戦争の発端となった1937年の盧溝橋事件で、日中どちらが先に発砲したかは未だに論争に決着がついていない。ただ、どちらが打ったかというのは実は些細なことで、むしろ問題の本質はそこまで両国間の緊張が高まっていたことにある。要はどちらが先に打ってもおかしくない状態だった。
今回の事件も基本的な構造は同じ。東シナ海で起きている地政学的なパワーシフトに伴って生じたあつれきが、日中が直接ぶつかりあうほぼ唯一の場所で現実になった――まだ双方に陰謀論の匂いは残るが、例えそうだったとしても、事件の本質は中国の台頭と相対的な日米のプレゼンスの低下という東アジアの現実にある。どっちが仕掛けたか、などというのは瑣末なことだ。
図らずもビデオが流出したことで、日本側の尖閣事件に関する懸念材料は出尽くした。中国船が自らぶつかって来たことが明らかになっても、日本世論の批判のベクトルは中国側でなく、むしろかたくなに全面公開を拒む菅政権とその情報管理能力に向かっている。それはおおかたの日本人が、ビデオを実際に見て問題の本質が「どちらがぶつけたか」にはないことを理解したからではないか。胡錦濤がギリギリのタイミングでAPECに伴う訪日を発表したのも、日本国内の嫌中感情がそれほど高まっていないと最終的に判断できたからだろう。
誰かが現政権に対する義憤あるいは反中的な感情に駆られて映像をアップしたのだとすれば、胡錦濤訪日の地ならしという皮肉な結果に終わったことになる。しかも、国民の知る権利に応えるこれ以上ない材料を提供して。
まさか現政権の「誰か」による陰謀なのではあるまいが。
――編集部・長岡義博
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