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ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
「イケメン」ホームレス、故郷へ帰る
春節明けの中国でそのありえないイケメンぶりが話題になったホームレス王子だが、俳優やモデルの「やらせ」ではなかったらしい。3月5日、住んでいた浙江省寧波市から、母と弟に連れられて故郷の江西省上饒市に戻った。その帰郷がまたネットで騒ぎになっている。
「王子」がブレイクしたのはネットの投稿がきっかけだったが、その素性が分かったのもネットだった。浙江省杭州市の職業学校に通う徐という名前の学生が、ネットで「王子」の動画を見ていて、江西省上饒市の実家の隣に住んでいた「哥哥(お兄ちゃん)」にそっくりなことに気がついた。徐君はさっそく父親に事の次第を知らせた――。
徐君のとなりに住んでいた「お兄ちゃん」の名前は程国栄。34歳。11年前に江西省から出稼ぎに出て以来、音信不通になっていた。本物の兄と確認した弟によれば、
程国栄には11歳と10歳の子供が2人いる。出稼ぎに出たときの精神状態は正常だった。現在こんな(精神)状態になっているのは、一体どんな刺激を受けたせいか分からない。出稼ぎに出た後連絡がなくなり、家族が何度か探しに出たが見つからなかった。程国栄の父親と彼の妻は去年、自動車事故で一緒に死亡し、2人の子供は母親が面倒を見ている。家計はきわめて貧しい。
程国栄は行動こそ普通だが、家族以外の人間とうまくコミュニケーションがとれない状態だという。
■ひげをそったら普通のおじさん
元「王子」の帰郷には記者とカメラが同行して、その様子はすぐにネットにアップされた。髪を切ってひげをそったら普通のおじさんになってしまった「王子」に失望しているネチズンも多いようだが、それでも程国栄のストーリーが中国人の心をひきつけるのは、彼が出稼ぎ農民の厳しい現実を体現しているからだ。
中国経済の成長の原動力になってきた都市部への出稼ぎ農民だが、その過酷な現実は中国人以外にはあまり知られていない。基本的に春節の時期以外は1年間休みなし。朝から晩まで着の身着のままの肉体労働で、食事も飢えこそしないが粗末なものがほとんど。悪い「老板(ラオバン、社長や親方の意味)」にあたれば手ひどく搾取される。
出稼ぎ先のプレッシャーで精神的におかしくなり、ホームレスに。10年以上帰郷せず、不在のあいだに妻と父が不慮の事故死を遂げていた......程国栄は華やかな中国経済の負の側面を象徴する存在と言っていい。
11年前の99年といえば、WTO正式加盟と北京オリンピック開催が決まる前だ。中国人はタイムトンネルを抜けて目の前に現れた「王子」を見ながら、発展の陰に取り残してきた人たちへの贖罪の意識を感じているのかもしれない。
とはいえこのニュースをきっかけに、中国のネットでは「秀才ホームレス」や「スプライトホームレス(?)」などホームレスブームが起きている。「王子」の歌まで勝手に作っている。ちょっと悪乗りし過ぎだと思う。
──編集部・長岡義博
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