コラム

キャメロン監督が描く「ヒロシマ」とは

2010年02月23日(火)18時30分

『タイタニック』と『アバター』の2本の映画で共に世界の興行収益記録を塗り替えるという、前人未到の偉業を成し遂げたジェームズ・キャメロン監督。そのキャメロンが、今度は広島と長崎の原爆を映画化しようとしている。

 今年1月19日にアメリカで発売されたノンフィクション『ラスト・トレイン・フロム・ヒロシマ(チャールズ・ペレグリーノ著)』を映画化する権利を、キャメロンが購入したことが報じられた。この本は1945年の8月に広島と長崎で2つの原爆を「二重被爆」した山口彊(つとむ)さんを軸に、被爆の惨状を描いたものだ。

 三菱重工長崎造船所の設計技師だった山口さんは、6日に広島の爆心地から約3キロの地点で被爆し、上半身に重症の火傷を負った。妻子のもとに戻るために8日に列車で長崎に帰り、翌日の9日に爆心地から約3キロで被爆した。

 この本の出版を待たずに、山口さんは今年1月6日に93歳で長崎市の病院で亡くなった。キャメロンは『アバター』の宣伝で日本を訪れていた昨年12月22日に、本の著者ペリグリーノと共に胃がんで病床にあった山口さんを見舞い、山口さんが味わった「苦痛を未来の世代に伝える」気持ちを表したという。

 これまでにも核兵器の爆発を描いたアメリカの映画はあった。2002年に公開されたベン・アフレック主演の『トータル・フィアーズ』は、スーパーボウル開催中の東部バルチモアのスタジアムでテロが持ち込んだ核兵器が爆発する設定だ。最近ではアメリカで2007年に放映された『24-TWENTY FOUR-』の第6シーズンでも小型核爆弾によるテロが発生している。ただ、いずれも核兵器を「巨大な爆弾」と捉えて、爆風の被害しか描いてはいない。

 広島と長崎の原爆被害の残虐さは、爆風だけではない。一般市民が熱線で焼かれ、大量の放射線を浴びせられたことにある。そして真っ先に爆心地に入って援護活動に従事した人たちも「入市被爆」し、亡くなったことにある。

 キャメロンは果たして爆心地のその惨状を映像化できるのだろうか。もし仮に実現したとしても、原爆投下が第2次大戦の終結を早めて米兵の犠牲を少なくさせた、という見方が根強く支持されているアメリカでは、多くの映画館で公開できなくなるのではないか。批判を浴びることも想像に難くない。

 ただ死の淵にあった山口さん本人に面会したことからも、キャメロンの「本気度」はうかがえる。映画監督として未知の領域に到達した今、キャメロンに残されたのは歴史にどう名を刻めるかだけなのかもしれない。

――編集部・知久敏之

他のエントリーも読む

プロフィール

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

赤沢再生相が30日から訪米へ、トランプ関税巡り再交

ビジネス

東証が投資単位引き下げの参考値10万円を提示、若年

ビジネス

中国BYD、欧州事業見直し 戦略の失敗に対応

ビジネス

原油先物は小幅高、2%下落の後小動き
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負かした」の真意
  • 2
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学を攻撃する」エール大の著名教授が国外脱出を決めた理由
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考…
  • 6
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 7
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 8
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 9
    トランプの中国叩きは必ず行き詰まる...中国が握る半…
  • 10
    ウクライナ停戦交渉で欧州諸国が「譲れぬ一線」をア…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 7
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story