シビリアンコントロールだけでない自衛隊日報問題の根深さ──問われる「安全神話」
PKOに参加し始めた頃、自衛官の武器使用は自身の安全のためだけに認められていました。その後、自衛官の保護下に入った人々(難民など)の防護や武器・弾薬の強奪の阻止などのためにも発砲できるなど、武器使用原則は段階的に緩和。2016年の平和安全法制ではいわゆる「駆けつけ警護」も解禁されました。
しかし、もともと「安全な土地に派遣されている」はずなので、法的に認められていても、自衛官による発砲は政治的にハードルが高いと言わざるを得ません。つまり、防衛省・自衛隊は「安全神話」にこだわる政府首脳から暗黙裡に、「武器は持たせる、条件次第で発砲も認める、しかし撃つな」という無理なミッションを課されてきたといえます。
矛盾に直面したのは、現地に派遣された自衛官だけではありません。その活動記録を管理していた担当者、部局にとって、これらの開示が求められたことは、それが歴代政権の「安全神話」の機微に触れる可能性が大きいだけに、深刻なジレンマだったといえます。
そのため、日報が組織的・意図的に隠蔽されていたとすれば、防衛省・自衛隊の責任は免れないものの、無理なミッションを課してくる文民政府の方針を傷つけないようにした組織人としての悲哀を思わずにいられません。その場合、逆説的ですが、文民の大方針に従ったという意味で、シビリアンコントロールは機能していたことになります。
「官僚の問題」に矮小化しないために
報道によると、昨年の南スーダン日報問題を受けて、防衛省が自衛隊に調査を命じたにもかかわらず、過去分については「保存期間を延長すること」としか指示しなかったため、海自や空自は「イラクのものは情報一元化の対象外」と解釈し、結果的に日報の網羅的な調査が行われませんでした。また、防衛省も海自や空自での調査状況を確認していなかったといいます。
冒頭に触れた陸自のそれと事情がやや異なるだけに、これが意識的な隠蔽だったかどうかは、調査の必要があります。また、中央省庁や自衛隊の情報管理や開示のあり方を改善する必要があることは、いうまでもありません。
ただし、それと同時に重要なことは、日報の内容そのものの精査です。
公開された日報でも全てが明らかにされているわけではありません。しかし、それでも政府が「安全」といい続けたイラクや南スーダンの状況を検証するうえで貴重な資料で、今後の自衛隊の海外派遣を考える重要な手がかりになるはずです。いわば日報問題は「文民による自衛隊の監督のあり方」だけでなく、「文民が自衛隊をどのように運用してきたか」をも再考する糸口といえるでしょう。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。
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