コラム

スペイン政権交代でカタルーニャ独立運動に新たな展開?

2018年06月12日(火)17時17分

自治権を回復し、州政府と「亡命」政府の2つができたカタルーニャ Photograph by Toru Morimoto

<スペインのラホイ政権が崩壊し、独立派政党がラホイ不信任案に賛成したカタルーニャ州の自治権は回復した。「敵の敵」が退場しただけで不透明な現状は変わらないが、今後はどうなるのか>

6月1日、「トレーロ! トレーロ! トレーロ!」と、通常は闘牛場で聞く闘牛士への賞賛の叫びが鳴り響いた。

しかし、そこは闘牛場でなく、首都マドリードのスペイン国会。政府与党の国民党員が党首でスペイン首相のマリアノ・ラホイに送った賞賛の叫びとスタンディングオベーションだ。

だが、それは本当は牛を仕留めたラホイへの賞賛ではない。国会を追われる彼への惜別の挨拶だった。

5月24日に1999〜2005年の公共事業の発注を巡る汚職事件の判決が下され、横領、脱税、マネーロンダリングなどの罪で国民党の元幹部ら29人が有罪判決を受けた。その翌日、野党第一党の社会労働党がラホイに対して不信任案を突きつけた。

不信任案の可決には、社会労働党と野党第二党の急進左翼ポデモスを足しても過半数に至らず不十分。スペイン国会に議席を持つカタルーニャ独立派政党2党とバスク国民党などが賛成に回り、ようやく成立すると、社会労働党ペドロ・サンチェス新首相が誕生した。

カタルーニャ独立派内では、社会労働党への不信感が強い。なぜなら、昨年10月末に国民党がカタルーニャ州の自治権剥奪に乗り出した際、議席数が足りない彼らに加担したのが、社会労働党だったからだ。

にもかかわらず、スペイン国会のカタルーニャ独立派政党は「泥棒たちを排除することは、選択ではなく義務だ」と、社会労働党の不信任案に賛成し、国民党政権が崩壊した。闘牛士は返り討ちにあったのだ。

去り行くラホイは「良くなったスペインを置いて去ることを名誉に思う」と述べたが、果たして、スペインは本当に良くなったのだろうか。

アート作品まで検閲され、民主主義度が低下

カタルーニャ州では、スペイン政府がカタルーニャの自治権剥奪後、州政府の多くの閣僚たちを一斉に逮捕した。彼らは現在も裁判もなしに投獄されている。そして、逮捕を逃れるためにカタルーニャ州元首相カルラス・プッチダモンを含む多くの元閣僚や独立派政治家がヨーロッパ諸国に亡命したままだ(参考記事:カタルーニャ騒然、前州首相プッチダモン身柄拘束の意味)。

また、紆余曲折の末、5月17日には、プッチダモンの腹心キム・トラがカタルーニャ州政府の131代首相に就任していた。トラは就任式で、「自分はあくまでもプッチダモンが首相としてカタルーニャに戻るまでの暫定的な首相である」と強調。翌日プッチダモンが滞在するベルリンへ飛び、真っ先に就任報告をした。

トラは新政府の閣僚に「亡命」中と獄中の元閣僚を再び選出したが、ラホイ国民党政権(当時)が拒否しために、最終的には妥協し、刷新した閣僚を選出している。これにより、プッチンダモンをリーダーとした亡命政府とトラを首相としたカタルーニャ政府、2つの州政府ができたことになる。

スペイン国内では、アート作品の検閲までが行われ、表現、言論の自由が制限されて閉塞感が漂っている。

プロフィール

森本 徹

米ミズーリ大学ジャーナリズムスクール在学中にケニアの日刊紙で写真家としてのキャリアを開始する。卒業後に西アフリカ、2004年にはバルセロナへ拠点を移し、国と民族のアイデンティティーをテーマに、フリーランスとして欧米や日本の媒体で活躍中。2011年に写真集『JAPAN/日本』を出版 。アカシギャラリー(フォトギャラリー&レストラン)を経営、Akashi Photos共同創設者。
ウェブサイト:http://www.torumorimoto.com/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

クリミアは「ロシアにとどまる」、トランプ氏が米誌に

ビジネス

トランプ氏「習氏から電話」、関税交渉3-4週間で終

ビジネス

米国向けiPhone生産、来年にも中国からインドへ

ワールド

トランプ大統領、イラン最高指導者との会談に前向き
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 4
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 8
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 9
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 10
    アメリカ版文化大革命? トランプのエリート大学たた…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 5
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story