偶然が重なり予想もしない展開へ......圧倒的に面白いコーエン兄弟の『ファーゴ』
明確な悪人はいない。いや、チンピラの1人であるゲアの行動は明らかに法や道徳を逸脱しているが、よこしまな悪意がなぜか薄い。コーエン兄弟の話題作の1つである『ノーカントリー』に登場するシガーも、悪というよりも病的に異常なのだ。
オウムの撮影を始めたとき、それまでメディアは冷酷で残虐な集団であるかのように報道していたし、そもそも大量殺人を企てた前代未聞の組織なのだから、僕も身構えながら施設に入った。
でも、出会う信者はみな穏やかで善良で屈託がなく(ただし信仰に真摯すぎる故か何かが抜けている)、しばらく混乱したことを覚えている。残虐で冷酷だから凶暴な行動をするわけではない。人はもっと複雑で多面的だ。この映画を観たのはそんなことを考えていた時期だったはずだ。
コーエン兄弟の作品は出来不出来の差が激しい。でも『ファーゴ』は圧倒的だ。一つ一つのショットが饒舌なのだ。そして寸止め。職人芸だ。
この映画についてはもう1つ触れたい。冒頭に実話を基にした旨のテロップが入るが、実は全くの創作であることをコーエン兄弟は後に明かしている。つまりフェイク。でもファーゴもミネアポリスも実在する都市だ。これを日本に置き換えて考えてほしい。どんな批判や抗議が来るだろう。いや批判や抗議以前に「虚偽を実話と宣言するなどとんでもない」と考え、誰もやらないはずだ。
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