コラム

「ありがとう」を広めて、それで差別・偏見が防げるのか

2021年01月18日(月)16時15分

Photo illustration by Yukako Numazawa; photos by m-gucci-iStock.(woman) and subjug-iStock. (eraser)

<厚労省の「#広がれありがとうの輪」プロジェクトが話題になった。「言葉はいいから資金や人員面の支援を」といった厳しい反応も多い。もっともな指摘だが、そもそもこのプロジェクトの真の目的は差別・偏見の防止だ。アプローチがおかしいのではないか>

2020年12月に厚労省が始めた「#広がれありがとうの輪」というプロジェクトが話題になっていた。このハッシュタグを広めることで、主に医療従事者への感謝を伝えようという企画である。

だがツイッターを検索すると、「言葉はいいから資金や人員面の支援を」といった趣旨の厳しい反応も多く見られた。確かに現場の人員不足やボーナスカットは「ありがとう」では解決できないわけで、もっともな指摘だと思う。

大事なことだが、実はこのプロジェクトの真の目的は医療従事者に感謝を伝えること自体ではない。え、違うの? と思われるかもしれないが、厚労省のサイトには「感染拡大及び差別・偏見防止を図るため」と記されている。

そう、これは差別・偏見防止のキャンペーンなのだ。「#広がれありがとうの輪」でその趣旨が伝わるか、不安なのだが......。

医療従事者への差別の実態は度々報告されている。医労連が2020年9月に発表した調査結果には「美容院の予約を断られた」「保育園での預かり拒否」「子供と公園で遊んでいると近所の人から嫌みを言われる」など、生々しい事例の数々が並んだ。

歴史上のさまざまな感染症と同様、新型コロナウイルスも感染者、医療従事者、外国人などへの偏見や差別と結び付いてしまっている。

こうした状況を受け、政府も2020年8月に弁護士など専門家による「偏見・差別とプライバシーに関するワーキンググループ(WG)」を設置した。11月のWGの取りまとめでは「悪質な行為には法的責任が伴うことの市民への周知」や「行政のトップ自らが偏見・差別等を許さない等のメッセージを発信する」などの提言もなされている。

だが、それと「ありがとう」を広めることとはかなりズレているようにも見える。

差別をされ得る人に対して感謝を示すことで偏見・差別が防止できるのだろうか。難しいと思う。いじめと同様、加害者にアプローチせずに被害者に寄り添うだけでは被害はなくならない。

差別をした人、し得る人に対して、「この社会は差別を許さない」というメッセージを誤解の余地なく届けることこそが大切だ。

プロフィール

望月優大

ライター。ウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。著書に『ふたつの日本──「移民国家」の建前と現実』 。移民・外国人に関してなど社会的なテーマを中心に発信を継続。非営利団体などへのアドバイザリーも行っている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

世界の石油市場、26年は大幅な供給過剰に IEA予

ワールド

米中間選挙、民主党員の方が投票に意欲的=ロイター/

ビジネス

ユーロ圏9月の鉱工業生産、予想下回る伸び 独伊は堅

ビジネス

ECB、地政学リスク過小評価に警鐘 銀行規制緩和に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 8
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 9
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 10
    「ゴミみたいな感触...」タイタニック博物館で「ある…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story